小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「どおって、評価もなにも上司ですから、ご存知だと思いますが、押し出しが強いので、言われたことを言われた通りやってますよ」
 再びグラスを口にする犬養。しかるべき質量の沈黙が流れる。
「なあ、桃山」
 手首を深く折り、手の甲がからむグラスの裏側に視線をおとす。
「やっちまわねえか….鹿島」
 その瞬間、犬養の首が軸をぶらさず、ほぼ90度回転する。かなりの真顔。どうやら戯言ではないらしい。
「本当は生物的に葬り去ってやりたいところだが、罪とか罰とかが怖いとかではなく、そんなものでは物足りない、やつの苦悩するさまをみたいんだ」
 再び90度回転で向き直り、肩をすくめて、カクテキを口に入れる。
「あの押しの強さでやつは結局何をしたいんだと思う」
 目的があるというより単に性格ではないのか。
「恥をかかせたいだけだぜ、たとえばほら、やつと商談行くだろう、そしてまず同行する若い者らに話させる、しばらくしゃべらせた後、補足する、こいつじゃ話にならない、って感じで、ありゃあ人に恥辱を与えて気持ちよくなってんだ、会議でも同じだろ、そういう変質的な性格なのさ」
「そうかも知れないですね、だいたい筋書きはそんな感じです、今日の商談は本人が話すからっていっておきながら、その場になると今日は営業担当の桃山から…とふってくる、そして最終的には駄目出しし、話を持っていく」
「丸投げと全否定を繰り返しながら、関わる人々のやる気をポキポキ折っていく、それだけの技術であの地位に君臨しているともいえる。営業関連部署でやつの世代、そしてオレ達40前後の世代にいたるまでの社員が少ないと思わないか、単に失われたウン十年で人員補強ができなかったわけではない、実際おれの入社当時やつと同年齢の先輩同僚はいた、やつは片っ端からマウントして犯しまくっていった、死んだやつもいる」
「だから犯りかえすんですか」
「そうだ、でなきゃ会社もおれ達犯りたおされる」
「しかし、そこまでの強敵を倒すすべなんてないでしょ」
 気がつくと犬養はふたたびこちらに向き直っている。口元にかすかな緩みがある「それがあるんだな」と溢れてきそうなくらいの。
 丸テーブルの下、短い足に挟んだビジネスカバンから封筒を取り出す。上野にある興信会社に自費で依頼したらしい。綴じられた報告書によると、1ヶ月の追跡調査の結果、一流企業の部長という立場上非倫理的な性向が発覚したという。資料には鹿島とおぼしき人物が女性を伴い、いわゆるそういうことをなす施設へ入る写真が含まれていた。そして請求書も。追尾調査費用1日8500円を30日分、最初の3日間をお試し価格が適用されたのだそうだ。

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