小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「しかし、君だってさっき会議で命ぜられたデータ集めしなきゃいけないんだろ」
「その件を含めて強力な助っ人を頼んでいます」
 そういうと、セールスプロモーション課の岸を呼びよせた。面と向かうのは初めてだが思いのほか痩身で小柄。よどんだ会議室の空気に明日なき人類の希望のような光沢を放つ黒髪。
「彼女が手伝ってくれるそうです。工程表の作成と各タスクのオーダー、納期・進捗の管理、ついでにオペレーションマニュアル作ってもらって、花見遂行後に報告書ともに部長に提出する予定です」
「いいのか岸君」
 奥に潜むしおらしさを秘め、白目の部分がほぼ押しやられているつぶらな瞳。小さくうなずいたあと、このろくでもない世の中と裸眼とを隔てるふちの濃いめがねに指を添える。
「具体的な仕事の進めかたなどはあとでオレから話ときますよ、なにせ大学出たばかりで、こぎれいで耳ざわりのいい資料をつくることくらいしかできませんが、ちゃんと指示ります、花見までの1ヶ月でこいつをそれなりのビジネスパーソンに仕立てあげますよ、太郎さんも安心してふんぞりかえっていてください」
 その後、何度か岸から前提条件の確認や作業進捗状況の報告を受けた。花見まであと2週間に迫ったある日、犬養課長から食事の誘いを受けた。

 新橋で飲むのは久しぶりだった。入社したての頃、当時定年退職寸前だった昭和サラリーマンに連れられ通い倒した時期はあったが景色は一変。当時足しげく通っていた地下のバーはビルごと消失していた。
「悪いな桃山、つきあわせて、こんな店でよかったかな、最近若い連中と飲みにいく機会もなくてな、なんなら場所変えるか」
 たしか40歳前後の犬養、ほぼ同年代なのだが、そんなことも忘れてしまったほど困憊しているのか。ガード下ではないがガード下の雰囲気を残したカウンターだけの居酒屋。薄いガラス戸をはさみダイレクトに裏通りと接し、隙間から流れ込む冷気が首筋にまとわりつく。
「いいですよ、いつか課長とは飲みたいと思っていたんです、うちの部には年齢の近い先輩がいなくて、それと、たいしてでかい会社じゃないのに、部署を超えた交流やらってのってがないですからね」
「まあ大変だろうな、上っていうと鹿島だろ、よくカラダがもってるな」
「そういば、犬養さんって、入社したてころ、部長の直属だったんですよね、たしかうちの課だったとか」
 返事代わりにグラスを傾ける。ハイボールというのは不思議な飲み物だ。洋酒を使った飲み物なのに純和風な造形と所作の犬養によく似合う。
「お前どう思う、鹿島のこと」

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