小説

『SFA‐20 ~立ち枯れた脳~』 蟻目柊司【「20」にまつわる物語】(『ピノッキオの冒険』)

「ああ、そうねそうだったわ。ごめんなさい、あたし達夫婦の問題で八つ当たりするみたいで」
 あたし達、夫婦か。まるで他人のことのようだな。
「子供達には詳細を伝えてないのか?」
「ええ。言えないわよ。ゴミ捨て場から脳みそ拾ってきたなんて」
「なんだか、君は妙に刺々しい言い方をするが、俺たちの夫婦関係はあまり良くないのか?」
「は? 余計なお世話よ。他人に口出しされたくないわ」
 信じられないことだが、俺はあのゴミの山を懐かしく思い出していた。
 久美子や、あの子供達にとって、俺がいなかったのはたった二十時間のことに過ぎない。俺が過ごした血の滲むような二十年間は、はじめからなかったことにされている。そして、俺が久美子と過ごしたはずの二十年間は、知らぬ間に終わっていた。
「ひとつ、確認しておきたいんだが」
「何? 子供のこと?」
「いや、君のことだ。君は、デジ脳化したのか?」
「ええ、そりゃね。あなたがしてすぐ、あたしもしたじゃない。あ、知らないのか。とにかく二十歳のときにしたのよ」
「オリジナルの脳はどうしたんだ?」
「ああ、脳ね。その話なんだけど、あたしすっかり忘れてたんだけどね、下取りしてもらってたみたい。今回の件で、あなたのオリジナルを探すときに分かったの。あたしの脳もあなたと同じところで使われてたらしいのね。何だっけ、第五埋立なんとかってとこ? あたしびっくりしちゃった」
「何だって! それで、ちゃんと連れ戻したのか?」
 手が震え始める。
「別に連れ戻したりなんかしないわよ」
 動悸でひどく息苦しい。
「そもそもね、ドローンに積まれてたらしいんだけどね……」
 血の気が引くのを感じる。
「今回の件で、なんか壊れちゃったみたいなのよ」
 汗が、滲んだ。
 二十年ぶりにかく汗は、じっとりと冷たく頬を伝って、落ちた。
「どうしたの? 悠介、大丈夫?」
「俺は、もう、悠介じゃない」
「え?」
「もう、人間じゃないんだ」
「やだ、何言い出すのよ。大丈夫? あなたきっと疲れてるのよ、寝なさいよもう。悠介、聞こえてる? ねえ!」
「俺は、俺は……」

 俺は、SFA‐20。
 壊れかけのアンドロイド。
 もう人間には、戻れない。

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