アンドロイドは病室から一度出て行き、すぐに手鏡を持って戻った。
俺が覗き込んだ鏡に映ったのは、太った中年の男だった。
その晩、俺は家に帰った。
家と言っても、住んだ覚えなどまるでない、他人の家のような我が家だった。
「お父さん、お帰り! 昨日は脳死だなんて聞いて泣いちゃったけど、なんだ、全然大したことなさそうじゃん」
少女が駆け寄ってきて言った。
「あ、親父。大丈夫なの?」
青年が俺に尋ねた。
「あ、ああ。問題ない」
「パパったら、ほんと人騒がせなんだから、勘弁してほしいよね」
少女がおどけて言う。
「あれは、俺の子供か?」
俺は小さな声で久美子に尋ねた。
「ちょっと、あなた勘弁してよ。そんなこと絶対二人に言わないでよね」
俺はたじろいで、頷いた。
「さあさ、パパは休まなきゃいけないから、あんた達もう寝なさい」
久美子がそう言うと、彼らは文句を言いながらも二階に消えて言った。久美子が俺をリビングに促す。
「ビール、飲む?」
「え?」
「ビールよ。飲むでしょ」
久美子が缶を俺の前に置いた。
「俺は、これをよく飲むのか?」
「そうよ。ビールだけじゃない、焼酎やらウイスキーやらもよく飲むわ」
俺は二十歳になった後の人間の暮らしを知らないが、どうやらここでずっと続けてきたようだ。
「俺はいつから、こんなに太ってるんだ?」
「太ってる? ああ、まあ太ってるのかも知れないけど、あなたあれでしょ? 二十年前の基準で言ってない? 今はそのくらいで普通よ。何もせず毎日家にいれば、みんな多少は太るわ」
俺は働き続けてきたが、本当の俺は、いままで何をしてきたのだろう。
「ねえあなた、いい加減、変なこと言うのやめてね。ご近所には、旦那がゴミ捨て場で働いてたなんて、とてもじゃないけど言えないでしょ。そんな機械みたいなことしてたなんて。ね? お願いだから普通にして、普通に」
「そう、言われてもな」
「元はと言えばあなたが悪いのよ。旧式の車なんかに凝るから。あたし危ないって言ったわよね? 勘弁してよ。自業自得じゃないそんなの」
「それは、俺じゃない」