小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 シベリア、小笠原、オホーツク海。日本の気候を左右するという気団のいずれもが勢いがない季節。ゆえに春とは移り変わりが激しく不安定。この時期の気候を支配するのははるか上空を東から西に向かって吹く風(いわゆる偏西風)。それによって運ばれる空気の塊が濃い(高気圧)か薄い(低気圧)かにより気候は定期的に変容していくという。今春は比較的移ろいが順調。天気が崩れるごとに滲んでくる暖かさにいざなわれ、桜のつぼみも予定通り開花日にむけ膨らんでいった。満を持して3月の終わりに開花。さらに会社の大花見大会当日には満開を迎える。岸の作った計画書通りとなった。
 会場は上野恩賜公園。計画書に基づき1週間前より新卒採用者の後輩を雇った場所取りとダミー宴会を繰り返したため激戦区の桜並木付近に東京本社全員約100人分のスペースを確保することができた。宴会当日、同学生達による酒類等備品の運び込み、簡易ステージ、ビールサーバーやカラオケセットの設置も順調に進んだ。午後3時、大会責任者である自分が現地入りした時には現場の作りこみはほぼ完了していた。
 5時を過ぎると、茂木、岸が駆けつけ鹿島退治の最終打ち合わせを行い、6時前には犬養課長が到着した。犬養にはこの時点で初めて鹿島を成敗する計画を打ち明けた。かなめになる協力者の登場について犬養はいぶかったが、岸いわく、抜かりはない。そのキャストは花見大会の宴もたけなわ9時過ぎに登場する手はずとなっていた。
 続々と参加者が集まってくる。食品会社の膨大なマーケティングデータや女子社員を対象におこなったヒアリングをもとに厳選したデリカテッセンやスウィーツメニューの強化、女子集団の動向に影響のあるキーマンの買収、おじさん幹部のお酌に外部コンパニオンをあてがう作戦が功を奏し、女性の参加が目立つ。男性社員もそれに引きずられるように現れ、開始15分前に社長が到着した。岸が席に案内し犬養が例の日本酒をお持ちする。茂木は社長自ら登場し参加を募った動画のプロモーションの効果であるとヨイショした。
 午後7時。どっぷりと暮れた東京の夜空の下、社長のご講説と鹿島営業部長の乾杯の音頭により宴が始まる。ゾーンニングされた女子エリアからは矢継ぎ送り込まれる人気店のケータリング料理に黄色い歓声があがり雰囲気を盛り上げる。彼女達から若手男子社員の層やステージをはさみ断絶されたおじさん幹部エリアはコンパニオン達と忌憚のないエロ会話で激しく盛り上がった。各エリア内のムード作りを考慮し、席次は社員ひとりひとりの個人データをぶち込みAIに決めさせた。一定の間隔をおいて若手営業マンを配置、飲食物のデリバリーのほか、あらかじめ手渡されたデータを元に会話を展開させた。開始1時間後、ステージにて若手の余興が始まる。女子社員のマイルドな歌から始まり、ミドルレンジな下ネタは爽やかで内気な若手男子社員たちにやらせることで、エロさを母性の煙にまいた。泥酔エリアを中心に男女間の交流が始まり、その一部が健全に色めいていく。鹿島おしおきショーの下地としてセクシャルな秩序というのは必要だったが、その時にいたるまで肉欲を発散させておくことも必要だった。
 そして約束の9時がやってきた。突然会場がブラックアウトする。今回計画で2つ用いられるイリーガルなタスクのひとつにより、持ち込み電源だけでなく会場内のすべての照明が切られた。会場内はざわめくが、すぐに女性たちのつんざく悲鳴にかき消される。不安を波動として感じる器官を爪で引っ掻くような鋭い音。ボイトレまで通わせた女性5人の金切り声の合唱が終了すると。電源が回復、会場常設のちからない裸電球がステージを照らす。そこにわかりやすく着衣が乱れた女性のデティールが浮かぶ。

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