小説

『鬼の営業部長』金田モス【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「ゆするんですか」
 私怨を晴らすのにここまでの私費を投じる執念におののきながらも恐る恐る訊く。
「まさかそれでは犯罪だろ、これを公開して会社的に、いや社会的に抹殺するのさ」
「でも相手の女性って、いわゆるそういうサービスを生業とする人ですよね、一般の人、つまり会社のだれかとかではなくて」
「報告書にある店名見てみろ」
 新風営法xxxx号、セクハラ商事夜の営業会議室。
「センスのあるネーミングとはいえないですね、ベタでもシックでもない、ここを利用していることで、鹿島のハラスメント性向を告発するんですか」
 それだけをもって業務上のハラスメントを立証するのは困難であり、逆に名誉毀損で逆訴されるだろう。
「告発というかバラすだけだよ、ちなみに、鹿島が利用していたのはセクハラコースではなく逆セクハラ、つまり、なじられる方、笑えるだろ」
 笑えねえよ、と思ったが、犬養の執念がこちらに向けられるのも怖く協力できることは協力すると口にした。
 気をよくした犬養は大いに飲み、勘定を払ってくれた。店を出る際「おれができるのはここまでだが、協力できることがあれば何でもいってくれ」と、さんざんあおったハイボールで潤む黄色い瞳にオレンジの裸電球を滲ませながら資料一式を手渡し握手した。

 さてどうしたものか。やるべき選択肢がわからない時は先にやるべきでないことを決め逐次潰していくことが有効なのだが、この状況で最もやってはいいけないことはすぐに浮かんだ。茂木に相談してはいけない。いい案を提示してくれるわけがないうえに、言いふらし最悪の状況になる可能性すらある。しかし、それはそれで事態は決着するので試しに話してみると、茂木はすでに同様のことを犬養から相談されていたといった。
「それで鹿島が失脚させられるとしても、こっちまでとばっちり受けちゃいますよ、まして失脚しなかったらどうするんですか」
 まあ、まっとうな意見。茂木はさすがに鹿島のスキャンダルを口外しなかったが、かわりに思いもよらない展開をもたらした。
 花見まで1週間と迫った昼下がり、喫煙室近くで岸に呼び止められる。花見案件の亜流案件で話があり、いつものミーティングルームでは話しづらいので30分くらい時間をもらえないかと打診される。いやな予感がしたが彼女の黒目に見つめられ断る勇気を振り絞れる中年男子などいない。
 事務所から通りを挟んだ喫茶店に入店する。いまどき珍しい非チェーン系店舗。格式高い、というか重苦しい調度品と暗めの採光が歴史を感じさせる店。昔はわが社の営業も非公式な商談などでよく利用しているという。
「例の件、茂木さんからききました、桃山さんの指示通りに動いてくれということなので、従います、なんでもいいつけてください」

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