小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「出るって、鬼ヶ島に?」
「そう」あくび混じり。「船の修理も出来たしな。それにいつまでも、あんたに迷惑掛けるわけにもいかないし」
「それはまあ、良い心がけだと思うけど」わたしは言った。「しかし急だな」
「寒くなる前にと思ってさ。明後日から天気、崩れるみたいだし」
 それから、ささやかな壮行会を開くための食材と船旅に必要な物資を買いに遅くまで開いているスーパーへ向かった。桃太郎は遠慮していたけど、わたしが彼に何かしてあげられるのもこれが最後だと思うと、ちゃんとした形で送り出したくなった。それに、船の上で倒れて漂流でもされたら寝覚めも悪い。
 部屋に戻ると買ってきたビールを開け、互いに掲げた。
「それじゃあ、桃太郎の鬼退治成功を祈念して」
 乾杯、と缶を触れ合わせる。
「悪いな。最後の最後まで、何から何まで」
「いいよ。その代わり、ちゃんと鬼退治してきなよ」
「まずは無事に鬼ヶ島まで辿り着かなきゃだけどな」
「なに、自信ないの?」
「ないっちゃないなあ」
「じゃあやめる?」
「いや、やめはしない」迷いのない声だった。「何だかんだ言っても、おれにはそれしかないからな」
「鬼退治しか?」
「だって、他の仕事するとか無理だぜ。会社に行くとかそういうさ」
「やってみたら案外向いてるかもよ?」
「いや、無理無理。あんた見てると思うもん。あんな大変そうなこと、おれには無理」
「こっちだってやりたくてやってるわけじゃないけどね」
「だから凄いんだよ」
 わたしはビールを呷る。
 桃太郎がトイレに立った。わたしは何の気なしにスマホを取り、何の気なしにメールを立ち上げる。受信メールが溜まっていた。画面をスワイプさせていくと、メルマガやいかにも怪しげなメールの中に、先日書類選考に応募した会社からの通知があった。『書類選考の結果について』。開いた文面は時候の挨拶から始まり、最後はますますのご発展をお祈りされて閉められていた。
 水を流す音がして、風呂場の戸が開いた。桃太郎が元の席に戻ってくる。わたしはスマホを置いた。彼は自分の缶を持ち上げて、左右に小さく振った。
「もう一本、飲んでいい?」
「いいよ」
 彼は冷蔵庫からビールを二本抱えて戻ってきた。一本はわたしの分だ。
 プルトップを引く。喉に押し付けるように、ビールを流し込む。半分ぐらいは一気に飲んだんじゃないかというところで、ようやく一息吐いた。

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