小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「――わたしも行こうかな」
「どこに?」
「鬼ヶ島」
 どんな反応が返ってくることを期待していたのか、自分でもわからない。
 いや、嘘だ。
 わたしはわかっていた。明確に、ある言葉を期待していた。
「そりゃ無理だよ」彼は至って平たい調子で言った。「あの船、二人はキツいって」
 知ってるでしょ?という感じで言われ、この話はそのまま流れていった。
 そうか、無理なのか。
 わたしは胸の中で呟きながら、ビールを啜った。
 そうあっさり言われては、納得するしかなかった。

   20日目

 朝六時前に起きることすら稀なのに、五時半には家を出た。桃太郎曰く「誰もいないうちに出発したい」とのことだった。何か思うところがあるのだろう。
 朝靄が立ちこめる河川敷には、ジョギングや犬の散歩をしている人もいなかった。わたしたちは土手を下り、野球のグラウンドを突っ切って、桃太郎がボートを係留している桟橋に辿り着いた。
「これ、餞別」わたしはビニール袋を差し出した。中にはさっき立ち寄ったコンビニで買った水やパン、おにぎりなんかが入っている。
「別にいいのに」
「よくない。食べなきゃ死ぬよ」
「じゃ、ありがたくいただくよ」
 ボートに荷物が積み込まれる。浸水はしていないようだけど、たしかに二人が乗れるような余地はない。
「それじゃあ、行くわ」
「うん」
「ありがとな、色々と」
「無茶はするなよ。危なくなったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」
「まあ、その辺は大丈夫だろ。どうにかなるって」桃太郎はへらへらっと笑う。
「いや、どうにもならないこともあるって。世の中なめない方がいいよ」
「んー」ボリボリと、首を掻く。「でもどうにかなったからなあ、実際」
「何が?」
「だってあんた、おれのこと拾ってくれたじゃん」
 わたしは口を開けたまま、何も言えなくなった。大層まぬけな顔だったに違いない。
 そんなわたしを桟橋に残したまま、桃太郎はボートに乗り込んだ。
「悪いけど、そこのロープ外してもらえる?」

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