小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 すると桃太郎は顔を上気させながら、「船だ」

   15日目

 手帳に並んだ会社名のうち、一つに取り消し線を引く。その会社の入ったビルの前で。
 同じページには、他にも線で消した社名が並んでいる。数える気も起きないけど、十は越えている。それだけ落ち続けていると、面接の手応えで合否がわかる。
 もう正社員とか非正規だとか言ってる場合じゃない。わたしはなりふり構わず、下手でもいいから鉄砲を撃ちまくった。だけど弾はどこにも当たらず掠りもせず、「このままいけば来月は無職」という状態は未だ続いていた。
 五歩に一度ぐらい溜息をつきながらアパートの前まで来た。郵便受けの中身を確認していると、「あれ」と声がした。
「おかえり。丁度よかった」桃太郎だ。
「出掛けてたの?」
「うん、川に」例の「船」のことだ。「船」とはいうけど実際は打ち捨てられていた二人乗りのボートで、彼はこないだの日曜にススキの中でそれを見つけて以来、修理に勤しんでいるのだった。
「修理は順調?」
「まあ、なんとか」そう言いつつ、声色から順調そうな様子が伝わってくる。「もうすぐ水に浮かべられそうだ」
「さいですか」階段を上がり、玄関を開ける。
 真っ暗な部屋。久しぶりに、誰もいない部屋に入った気がする。
「どうした?」
 声を掛けられ、ハッとした。
「いや」靴を脱ぐ。「何でもない」

   17日目

 初めて桃太郎に起こされた。時計を見ると八時半。今週は土曜まで面接があったので、日曜ぐらいはゆっくり寝かせてほしかった。いや、日曜だから土曜は「先週」か? そういうことを考えるのすら億劫だった。
「来てくれ」彼はわたしの腕を掴んだ。
「というか、昨日はどうした」わたしは眠りに片足を突っ込んだまま訊いた。土曜の夜、桃太郎はいくら待っても帰ってこなかったのだ。日付が変わるまで待ったのは覚えているけど、疲れていたので結局寝落ちしてしまった。座った姿勢のまま寝たせいで、体中がギシギシ痛む。「引っ張るな」
「完成したんだ」桃太郎が声を弾ませる。「船が」
 わたしは化粧をするどころか顔を洗う間も与えられず、河川敷へ連れて行かれた。朝露に濡れる芝に足を取られそうになりながら土手を下り、川岸へ近づくと、一艘のボートが小さな桟橋に係留されているのが見えた。
「ほんとに直ってる」わたしは言った。心からそう思った。
「乗ってみるか?」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11