小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

「今はまだその時じゃない気がするんだよ」と、桃太郎は言った。「鬼ヶ島に行かなくちゃと思うのと同じレベルで、そう思う」
 そう言って彼は、また元の位置・元の姿勢に戻っていった。
「……ヒモ太郎」わたしは言った。
「ははは」その笑いはたぶん、テレビに向けられたものだ。

   10日目

 日曜だし天気もよかったので、桃太郎を誘って動物園へ行くことにした。といって、デートの真似事をしたかったわけではない。これには彼に発破をかける目的があった。
「まずは形から入ってみるのも大事だよ」電車の中でわたしは言った。
「形から、ねえ」あくび。頻繁に首を掻くものだから、スウェットの襟首が早くもだるだるになっている。そんな恰好で外に出るのはどうかとも思ったけど、わたしは別に彼の恋人でもなければ母親でもないので何も言わない。本人が平気なら、まあいいのだろう。「何の形?」
「桃太郎といえば、お供でしょ?」
「そうなの?」
「そうなの。で、犬と猿と雉を仲間にするわけだけど」
「ちょっと待って」と、桃太郎が遮ってくる。「なにその面子。おれ以外動物なの?」
「そうだよ」知らなかったのか?
「そうだよって……そうなのかあ」
「イヤなの?」
「イヤっつうか」また首を掻く。襟周りが伸びる。「おれだけ場違いな感じじゃん」
「でも、犬と猿は仲悪いっていうし、ヒトも犬も猿も哺乳類だから、むしろ場違いなのは雉だよ」
「んー」
 結局彼の納得を得られないまま、動物園に着いた。
 動物園は混んでいた。自分から言い出しておきながら何だけど、入場の列を見た時には来たことを後悔した。
 でも収穫はあった。
「お供のことだけどさ」帰りの電車の中で、桃太郎が言った。「おれは虎、ゴリラ、雉がいいと思う」
「なに、やる気になったの?」
「あいつらとなら、鬼退治行ってもいいかもしれない」
「雉はそのままでいいの?」

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