小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 尤も、やる気があったのは始めのうちだけで、Googleマップで調べて出てきた鬼ヶ島が結構遠く、そこに鬼がいるかも定かではなく、そこまで行く手段もないことが判明すると、彼はあからさまにやる気をなくした。ユニクロで買ってきた上下一揃いのグレーのスウェットのまま寝転がり、テレビを観てばかりいるようになった。
 一方のわたしはといえば、職場では引継ぎ資料を作り、休み時間には次の職を探し、書類選考を通った会社には終業後(時には仮病を使って午前中)に面接に行く、という日々を送っていた。
 次は正社員、と意気込んで臨んだものの、転職活動は端的に言って不調だった。景気のせいというよりは、原因はわたしにあった。断言できるのは、自覚があるからだ。
 志望動機。
 エントリーサイトの中で、やたら大きく枠が取ってある記入項目。ここでいつも手が止まる。入力欄と同じぐらい、頭の中も真っ白になる。
 仕事をしなければならないから、以外に働く理由なんて思いつかない。そりゃ野球選手や漫画家といった職業だったら「○○が好きだから」「人を感動させたいから」なんて言えるのだろうけど、新卒で入った会社(ブラック)を一年ちょっとで辞めて以来、派遣の事務でやりがいも将来への展望も見出せないままゆるゆると働いていた人間が、そしてこれからも「なんとなく事務」で働こうとしている人間が、一体どんな立派な志望動機を語れるというのだろう。結局、そうしたやる気のなさが見透かされ、どの面接でも落とされるのだとわたしは思う。
「ははは」
 笑い声に目を向ける。グレーのスウェットが、タイかどこかの珍しい仏像みたいに寝転がってテレビを観ている。わたしはパソコンを閉じた。
「あのさ」
「何?」桃太郎は振り向きもしない。
「鬼ヶ島、いつ行くの?」
「んー」彼は上着の裾から手を突っ込んで腹をボリボリ掻きながら、「いつでもいいんだけどな」
 それからようやくこっちを向いた。
「もしかして、出てけって言ってる?」
「いや、そういうわけじゃないけど」そういうわけじゃないのか、と我ながら思う。「行った方がいいんじゃないの?とは思う」
「んー」桃太郎は、今度は腰をボリボリ掻く。「だって、どうしたらいいかわからないじゃん」
「でも行先は決まってるんだし」
「鬼退治っていっても、鬼いなそうじゃん?」
 たしかに、ネットで見る限り鬼ヶ島は自然豊かな長閑な孤島だ。お金と暇があったらちょっと行ってみたいとさえ思ったくらいだ。

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