わたしは言われるまま、足元の柱に結んであるロープを解いた。取れたロープは桃太郎に投げる。
ボートがゆっくりと動き出す。
「達者でな」
「そっちがな」わたしは言った。「鬼退治、頑張れよ」
「そっちも転職活動、頑張れよ」
わたしはたぶん、笑った。「どうにかするよ」
「ああ」桃太郎の口元から、白い息が漏れる。「どうにかなるって」
わたしは桟橋に立って、小さくなっていくボートを見つめていた。いつまでも、本当の本当に見えなくなるまで、見つめていた。
「――寒っ」
ジャージのファスナーを首元まで上げ、桟橋を後にする。グラウンドを横切り、朝露に濡れた芝生を踏んで、土手を上がり始める。
急斜面。
転ばぬように気を付けながら、転んでもいいかと思ったりしながら、上り坂を進む。
早く上りきりたい。
そんな気持ちになったのは、随分と久しぶりな気がした。