小説

『桃太郎と桃子』斉藤高哉【「20」にまつわる物語】(『桃太郎』)

 わたしは言われるまま、足元の柱に結んであるロープを解いた。取れたロープは桃太郎に投げる。
 ボートがゆっくりと動き出す。
「達者でな」
「そっちがな」わたしは言った。「鬼退治、頑張れよ」
「そっちも転職活動、頑張れよ」
 わたしはたぶん、笑った。「どうにかするよ」
「ああ」桃太郎の口元から、白い息が漏れる。「どうにかなるって」
 わたしは桟橋に立って、小さくなっていくボートを見つめていた。いつまでも、本当の本当に見えなくなるまで、見つめていた。
「――寒っ」
 ジャージのファスナーを首元まで上げ、桟橋を後にする。グラウンドを横切り、朝露に濡れた芝生を踏んで、土手を上がり始める。
 急斜面。
 転ばぬように気を付けながら、転んでもいいかと思ったりしながら、上り坂を進む。
 早く上りきりたい。
 そんな気持ちになったのは、随分と久しぶりな気がした。

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