「――わたしも行こうかな」
「どこに?」
「鬼ヶ島」
どんな反応が返ってくることを期待していたのか、自分でもわからない。
いや、嘘だ。
わたしはわかっていた。明確に、ある言葉を期待していた。
「そりゃ無理だよ」彼は至って平たい調子で言った。「あの船、二人はキツいって」
知ってるでしょ?という感じで言われ、この話はそのまま流れていった。
そうか、無理なのか。
わたしは胸の中で呟きながら、ビールを啜った。
そうあっさり言われては、納得するしかなかった。
20日目
朝六時前に起きることすら稀なのに、五時半には家を出た。桃太郎曰く「誰もいないうちに出発したい」とのことだった。何か思うところがあるのだろう。
朝靄が立ちこめる河川敷には、ジョギングや犬の散歩をしている人もいなかった。わたしたちは土手を下り、野球のグラウンドを突っ切って、桃太郎がボートを係留している桟橋に辿り着いた。
「これ、餞別」わたしはビニール袋を差し出した。中にはさっき立ち寄ったコンビニで買った水やパン、おにぎりなんかが入っている。
「別にいいのに」
「よくない。食べなきゃ死ぬよ」
「じゃ、ありがたくいただくよ」
ボートに荷物が積み込まれる。浸水はしていないようだけど、たしかに二人が乗れるような余地はない。
「それじゃあ、行くわ」
「うん」
「ありがとな、色々と」
「無茶はするなよ。危なくなったらすぐ助けを呼ぶんだぞ」
「まあ、その辺は大丈夫だろ。どうにかなるって」桃太郎はへらへらっと笑う。
「いや、どうにもならないこともあるって。世の中なめない方がいいよ」
「んー」ボリボリと、首を掻く。「でもどうにかなったからなあ、実際」
「何が?」
「だってあんた、おれのこと拾ってくれたじゃん」
わたしは口を開けたまま、何も言えなくなった。大層まぬけな顔だったに違いない。
そんなわたしを桟橋に残したまま、桃太郎はボートに乗り込んだ。
「悪いけど、そこのロープ外してもらえる?」