小説

『あるふぁべっと』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 Tが窓を開けた。電車のかんかんかんっていうベルの音が聞こえる。
 かんかんかんかん。Tはコドモファンキーなリズムで足を踏み鳴らす。
 かんかんかんって音を真似るとすぐその後、さっきのいち、にぃさんって数字の読み上げが始まった。
 読み上げを始めながらTは立方体のアルファベット積み木を積み上げる。
 いっち、にぃ、さん、しー、げろげろ、ごっー。ろくしちななはっちぃ。
 Tはなぜかご機嫌だった。しちななは目をつぶってあげることにした。
 きゅう、えっとえっと、じゅ。ってTが積み木を積み上げながら数えた時、窓の外で小鳥がちちって鳴いた。
 Tもその声が耳に入ったのか、俺の方を振り向いて目を丸くして黙って問いかける時の瞳のまま、人差し指をじぶんの唇にそっとあてた。
 俺はだまってうなづいた。
 また、しずかに向き直ると、いちから読み上げが始まった。積み木を重ねてじゅうご、じゅうろっく、じゅう、じゅうなな、じゅうしち、じゅうはっちぃのところでふたたび、ちちちって小鳥のさえずりが聞こえた。
 うあぉってTは叫ぶと、すっげすっげって覚え始めた言葉をつぶやいた。

 とりさんおはなししたね。
 そうだね、なんて鳴いてた?
 ないてた? ないてないよ。おしゃべりしてたの。
 そうだったね。おしゃべりしてたね。
 小鳥と会話している瞬間、あらかじめ決められていたみたいにかちっと、歯車がかみあったような気がした。
 そんななにかがぴったりとあてはまる二度と訪れないような時間のめぐりあわせを実感していた。

 ちちちって。じゅうろく、じゅうしち、なな、じゅうはっちぃ。じゅうきゅーって叫びながら、アルファベットの積み木が積みあがってゆく。
 おー、ぴー、パパのぴー、きゅー、あーるぅ、えっす。緑色に塗られた<S>の文字の積み木をみたまま、息子の手がぴたりと止まった。
 じっとただただ、じっと世界が止まっている。

 パパパパ。おしえて。ぼくほんとうにわからなくなったよ。
 少しだけ悲しそうに訴えた息子の手には青く塗られた<T>の積み木が握られていた。
 じゅうきゅうの後、ぼくわすれちゃった。ぼくのなまえなのにわすれた。

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