小説

『あるふぁべっと』もりまりこ【「20」にまつわる物語】

 落ち着くと、Tはいつものようにでんぐりかえりをした。でも今度ばかりはでんぐり返りはあてにならなかった。
息子はアルファベットの<S>がくると、じゅうきゅうといえるのに。<T>が数字の20番目であることを、いつまでたっても覚えられなかった。覚えられないから、じゅうきゅうの後はいつも俺のセーターの裾を引っ張って、ええとなんだったけ? ってたずねてくる。
 Tに20だよって教えると。にじゅうにじゅう。きりきり、きりしまT、にじゅうって言ってくるくるくるくるフローリングの床を転がり続ける。
 息子はいつしか忘れないようになのか、その積み木にマジックで20と書いた。これでだいじょぶだね。おっけーって歌うように囁いて、俺と手をつないできた。

 はじまりもなく、おわりもない。はじまりはおわりでおわりははじまり。
 いつも、物事ははじまりとおわりのあわいのなかでいきいきと育まれてゆくものなのかもしれない。
 今でも息子は何処に行くのも積み木の<T>を大事に持って歩くし、枕の側にはいつもそれがある。
 寝顔を見ながら、あの日の小鳥とTのセッションを思う。
 あれは俺にとってちょっとしたささやかな日常に起こった事件だったことをかみしめる。
 うまく言えないけれど、これが世界に触れるっていうことなのかもしれないって思う。
 思いがけないふたつの環が、時折触れあいながら、<世界>がこんなに近くで響きあっていることを知る。
 俺は夜の風にふれたくて、そっとリビングの窓を開ける。どこか遠くで聞こえる夜の鳥の声に耳を傾けていた。

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