小説

『Golden Egg』室市雅則(『金の斧』)

男は女神からの言葉を待った。
「あなたが落としたのは…」
男の目が女神が取り出したものを捉えた。
――頼む。
「この金の卵ですか?」
男は肩を落とした。
それは男にとっての金ではなかった。
男は女神の奇跡に妻のよみがえりを期待したのだった。つまり、妻の遺体をこの泉に沈めれば、女神が男にとっての金、つまり、生き返った妻が手に入ると思ったのだ。
それが無理と分かったのなら、もう意味がなかった。確かにあのダチョウが産んだような大きさの金の卵があれば、食うに困らないが…
『食うに?』
男は自分の言葉に戸惑った。
食うことを考えるというは、自分は生きようとしているのだろうか?妻が生き返らないのなら、生きている意味はない。女神が出すものはきっと後二つある。そこに賭けよう。それがダメだったら、俺も妻を追う。だから、ここで頷いてはダメだ。
「いいえ」
男はそう言って首を横に振った。
女神は男の言葉を聞くと次のものを取り出した。
「この銀の卵ですか?」
――やはり駄目か。
男は再び首を横に振った。
「いいえ」
そして、女神はもう一つ手に取った。
「では、この女ですか?」
先ほど、男が泉に沈めた妻の遺体そのものであった。水に濡れてしまったこと以外、何も変化が見受けられない。
――頷けば、妻の遺体は返され、きっとあの金と銀の卵を貰えるだろう。しかし、それは俺には何の意味もなさない。何故なら、俺は妻の後を追うのだから。
「はい。その女です」
女神が微笑んだ。
「そうですか。正直な方ですね」
女神は妻の遺体を男に渡した。
水分を含んだせいか、その重さが増していた。
「この二つも差し上げます」
金と銀の卵を地面に女神は置くと、水の中へと戻ろうとした。
「お待ち下さい」

1 2 3 4 5 6