花火のようなオレンジ色の火花が、確かに散ったのだ。
驚き、父と娘は一瞬動きを止める。
娘はとっさに近くにあったティッシュの箱をつかみ、壁に投げつけた。
ティッシュの箱が回転しながら空を飛び、確かな音を立てて壁にあたる。
“触れる!”
渾身の力を込めてコタツを揺らす。
父の手が母の首から離れる。
なおも娘は父の意識をそらそうと、壁を叩いた。
これでもかというくらい大きな音を立てて、必死で叩いた。
愛をこめて、叩き続けた。
父は必死に母を守ろうと、その身をおおいかぶせる。
静寂が、すべてを包み込む。
父は再び母の首に巻かれた帯に手を伸ばそうとするが、あきらめ、その手で自らの顔を覆い隠すと、泣いているとも笑っているともとれるうめき声を発した。
妻は夫の顔を見て、にっこり笑う。
夫もすべてが滑稽に思えて妻と笑いあった。
ふたりの笑いあう姿を見て、死んだはずの娘も微笑んだ。
小さい部屋の中で三人の笑顔が静かに、確かに、交差した。
◇◇◇
オレンジ色の朝日が部屋を輝かせる。
ベッドで眠る妻をそっと、揺り起こす。
「母さん、あけましておめでとう」
いつものように妻は、老人の声には答えず、あらぬ方向に微笑みを投げかけている。
それでよかった。
それだけで、よかった。
「決めたよ」
老人はひとり言のようにつぶやいた。
◇◇◇
~数日後のこと~
かかりつけの病院。
レントゲンの明かりが医師の眼鏡に反射し、その瞳を見ることは出来ない。
医師が、静かに聞いた。
「どうしますか」
老人は傍らに座る妻の手に手を添え、答えた。
「先生、手術、お願いします」