その内に家族全員で琴美ちゃんを囲み、労うように話し掛けるのだった。
「……母親が入院じゃ、一人で生活してるのかな、避難所で」
僕は女性にようやくと聞き返していた。
「聞いた話だと本当は親類の家に預けられているらしいんだ。でも避難所からだと母親のいる病院が近いらしくて……ここから離れないらしいの。無言で首振って、嫌がって」
「でもあんな状態じゃ……親類とは言わず、病院で預かってもらった方が……」
「本人の好きな様にさせて、人と触れ合っていた方が喋るようになるんじゃないかって。専門家の許可もあって、避難所や近辺の方々も承知しているって話で……」
「……僕達にも出来る事があるんだろうか、あの娘に」
「さあ……話し掛ける事しかないんじゃないかな」
琴美ちゃんは精力的に働く。年齢に似つかわしくない勤勉さ。無理をしている、そうとも思えるが。
だがどんな状況でも、彼女は一言も声を出していない。
籠にてんこ盛りになった泥塗れの衣類、両手で抱え込んで、転びそうになりながら運ぶ琴美ちゃん。
流石に危なっかしく見えて、背後から近づいて荷物を奪い取る様に持って上げた。
「無理しないで。危ないから」
優しく言ったつもりだ、言葉は選ばなかったが。
彼女は驚いた感じで僕を見上げていた。そして真っ黒な円らな瞳が。
”何で? どうして?”と問い掛ける色を僕に発していると感じ取った。
「あ、いや……お兄ちゃんと一緒に運ぼうか? 二人で運べば早く終わるからさ」
慌てて繕った。彼女の瞳を見て自分が失態したと思ったからだ。
だけどその色は一瞬で、琴美ちゃんは直ぐ僕に向かって大きく頷き返してくれていた。
それを見てほっと胸をなで下ろす。良かった。怯えさせてはなかった。
「じゃあ、どんどん運ぼう。頑張ろうね」
「随分と仲が良いなぁ~、お二人さん」
背後からそう言ってきたのは奥村さんだった。琴美ちゃんと一緒に泥塗れの本束を運んでいる最中にだ。
「いや……この娘が手伝ってくれるんで助かっています」と僕は返した。
「そういえば佐伯君は今日で一度、東京に帰るんだっけ?」