小説

『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)

 仮設の住宅が建つ目処も立っていない。大半の避難者は、まだ体育館か公民館に押し込まれている。
 家の片付けなど、まだまだこれからという状況だ。

 
 公民館での支援物資の運び。グループ内の女性達は配布や記載の仕事で建物内へと行っていた。
 トラックからの荷物の積み卸し、倉庫代わりの部屋へと運び込みが一段落した頃だった。
 グループ仲間だった若い女性が、仕事の合間に僕に話しかけてきていた。
「……ねぇ……佐伯君。ちょっとさ」
「なに、どうかしたの?」
「いや……あの子ね。どう思うかなって」
 彼女は荷物を抱えた両手代わりに、顎をくいっと矢印に振っていた。
「あの子?」と僕は彼女が示した先を見た。
 会館広間に毛布等を敷き詰め、寄り合うように座っている避難して来た人達。あの子という表現に、自然と目はそちらへと行っていた。
 広間一番奥、窓からの光が差し込み当たる机に向かっている子供が居た。
 小学三、四年の女の子。遠目から見る限り。机に向かって何かしているが、ここからでは分からない。
「あの女の子がどうかしたの?」と僕は訊いた。
「あの子と話した?」
「いいや。僕はここの避難所には、今日始めて来たから」
「そう……昨日から来てるって言っていたから、もしか知ってるかなと思って……」
「何かあったの?」
「いや別に。特には……」
 女性は一瞬だけ迷った表情を浮かべ言葉に詰まったが、思い詰めた様な声を絞り出して言い始めた。
「実は私もね、昨日から参加してるんだけど。ここに来たんだ。ポスティングにね、昨日は」
「そうなんだ」
「でね、あの子にも話しかけたんだけど……。まあ、小さい子に”何か困っている事はありますか?”なんて訊くのは可笑しな事かも知れないけど」
「そうでもないよ。人と話すだけでも、何かしらの安心感を与える事が出来る。間違った事じゃないよ」
「うん……私もそう思っての事なんだけど。でもあの子。一言も喋らなかったんだ、昨日も」
「昨日も?」
「うん。さっきも話し掛けたんだけど……何も言わないの。頷いたりはするんだけど。しかも私にだけじゃないんだよね。見ている限り、他の人とも声を交わしてないんだよね……」

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