小説

『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)

「どうしたら……良いんでしょうかね……」と僕は訊いていた。
「まあ、地道に、直向きにやるしかないんじゃないかな? 二週間だけだけど」
 そう言った奥村さんは、何時ものオッちゃんと呼ばれる笑顔だった。

 

 毎日が茹だる作業だった。
 どこへ行っても泥、泥の塊。時折に捏ねくり回して憂さを晴らしたくなる。
 そして行く先々で、あの娘を見かける。
 寂しさを紛らわす為か、それとも取り残されるのを恐れてなのか。
 一言も喋らないで手伝う姿は克己的で痛々しくも見えてしまう。
 ただ、見かねて彼女から作業を取り上げるのは耐え難く、何も為にならないような気がしてならない。
 だから僕が出来る事と云えば。
「こんにちは琴美ちゃん。頑張ってるね、何かお兄ちゃんも手伝う事があるかな?」
 ――たわいない挨拶。それだけだ。
 それでもだけど。
 大きな頷きと照れ混じりの笑顔を見せてくれるようになったのは、僅かでもの心の救いだ。
 笑い声も聞いた事がない。この二週間の間に、その欠片の一部でも聞こえたら代えがたい。
 高望みだろうか。あの無尽蔵に積み重ねられた泥山と同等の、彼女の心に覆いかぶさったものを取り除くには、短すぎる時間ではないかと。

 
 束の間の作業の空いた時間だった。
 琴美ちゃんがいる避難所に顔を出せたのは。
 そこを偶々に訪れ、ふっと思い出したかの様に彼女を探していた。
 姿を見るだけで良かった。特別な用があるという訳ではない。何をしているのか。些細な疑問を解消する為だけの事。
 ふらふらと屋内を見回ると、苦労なく彼女の姿を捉えた。
 ――以前に見た。避難者達が詰め合う部屋の奥、窓際近い机に向かっている琴美ちゃんを。
 一心に机に向かって何か作業をする彼女は、誰が来たかなど気にも止めない様子だ。
 声を掛ける思いもなく、彼女の背後に近寄り覗き見ていた。
 まだ陽の光が当たる卓上に、彼女は一枚の折り紙を敷き置いて。
 正方形の折り筋を折り紙に付け。

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