「ああ……実は暫く残ります。オッちゃんと一緒で二週間」
「え？ 仕事は？」
「連絡があって、会社の方からもボランティア参加者を出す事になったらしくて……そしたら僕が先行しているの知ったら、そのまま先の休みと併せて活動し続けろと」
「へぇ～、そりゃあ物分かりの良い会社なのか、扱き使う会社なのか分からんなぁ」と奥村さんは笑って言った。
「だから暫くよろしくお願いします。それでね、オッちゃん……」
僕は奥村さんに近づいて、他に聞かれないよう囁く様に言った。
「あの娘の事なんだけど……」
「……ああ。知ってる、知ってるよ。琴美ちゃんだろ？ 知ってる」
「そうなの？」と僕は少し驚いた。
「ちょい話しておきたい事があるんだ。それ終わったら俺に付き合ってくれるか？」
そう言って奥村さんはまた親指を立て見せていた。
小高い丘を這って登って行く道路。そこを奥村さんと二人、ガードレール沿いに坂道を上がって行った。
丘沿いの下に広がる眼下は、一面に茶褐色の土地だった。
所々に木々の緑が刺さった様に突き出て、土から僅かに顔を出して鈍く光を反射するのは屋根の瓦達。
何台かの重機が入り、泥濘んだ地面を必死になって這いずり回る様に動いている。
その周囲に幾人かの作業員。蛍光色のカッパの人も居れば、一目で分かる迷彩色近い自衛隊員も。
そこは被害が大きかった場所だ。土砂災害で幾棟も巻き込まれ、幾人も亡くなった。
実際に見るのは初めてだ。
「ほれ、これ見てみ」
奥村さんがそう言って自分の折り畳み携帯電話を取りだし、その画面を差し見せてくれた。
写るのは風景だ。木々の緑が多く、その間に独特の風合いを見せる瓦屋根の色を持つ家々。
田舎という表現は似合わない。でも長閑な風景だと言えた。
「ここから撮った写真だ、災害前の。近所の人が写した」
それを聞いて驚き、また実在の眼下を見合った。
もうそこには、あの小さい画面にさえあった長閑さの片鱗も微塵もない。ただ、ただの底無しに沈む茶色の泥沼の世界。
「ここに琴美ちゃんの家もあったんだ。あの子はここから生きて帰ってきた」
冷たい声の奥村さんは初めてだった。静粛な雰囲気は事の大事さを伝えたいのだろう。
「……何故ここに来たんですか？」
絶句だった僕がようやく出た言葉だ。
「いや、まあ。あの子の見た絶望を片鱗でも知って欲しかっただけかな。母親も助かったとは云え、退院なんてまだまだ先らしいし……人らしい感情なんて無くしても致し方ないと思える体験をしたんだ、あの子は」
奥村さんは悩ましげに空を仰いでいた。