小説

『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)

 泥流が運んできた赤土は乾き始めてはいたが、粘土のように練っていた。
 以前の生活を取り戻したいが為に、住居に入りこんで来ていた泥を掻き集め、寄せ集め、そして運び出す。
 ようやくとだ。復興らしい作業は。
 甚大な被害が出た地域には、まだ重機すら入れない状態だが、浸水で済んだ住居の復旧は住人とボランティアで始めていた。
 まだ使える家具を運び出したり、洗ったり。もはや泥の塊にしか見えない衣服を集めたり、それを運び出したりと。
 アルバムなんだろう。だが元は紙だったとは分かる程度で、もはやゴミとしても処分に困るような塊も。
「これはどうしますか?」
 ここの住人に伺うが、思わず”このゴミはどうしますか”と言ってしまいそうになる。
「あ~、もうそれは駄目だね。まとめて捨てますわ」
「そうですか」
 家の中にある全て、泥以外は住人の分身だった物ばかりだ。一緒に生活し、同じ時を刻み。
 例え形さえ無くなっていたとしても、公然とゴミ扱いできない。
 ボランティアグループの十数人と、住人である家族と共に屋内の掃除を。見れば幼い女の子も片付けをしている。ここの子供なのだろう。
 歳は、あの喋らない娘と変わらないか。
 シャベルで掻き寄せた泥を一輪車に山盛りにし、それを僕は外へと運び出すのを繰り返していた。
 道路脇に取り敢えずと泥を捨てる。今までの豪雨が嘘だった様に外は快晴。力仕事と相まって唸るような暑さを感じた。
 泥を捨て、汗を拭きながら思わず空を仰ぎ見てしまう。
 暑い――心中で呟いて、視線を落とし際に、予期しない人物の姿が目に入ってきた。
 ――あの喋らない女の子だ。
 道の真ん中にぽつんと立っているのだ。
 声を掛けようなんて思いも付かず、ただ僕は唖然した。何故ここにという疑問しか頭に浮かばない。
 女の子と無言で見合ったままにいると、僕ら作業している家の住人の奥さんが、ふと外に出て来たのだ。
「あら琴美ちゃん? どうしたの、こんな所に」
 奥さんは出際に女の子を見て、声を掛けていた。
 琴美ちゃん。名前はそうなのだと思った。琴美ちゃんは奥さんに声を掛けられても黙ったままだ。
「もしかして手伝いに来てくれたの? うちの子も中で掃除をしているよ。一緒にやる?」と奥さんは琴美ちゃんに言う。
 その問い掛けに大きく何度も頷いて琴美ちゃんは答えていた。

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