小説

『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)

「ただ不安なだけじゃないかな……」
 もう一度、僕はその女の子を見合った。見ている限りは怯えているとは思えない。普通に可愛い女の子だ。
「そうなのかな……私、気になっちゃって。あれだけ喋らないなんて、普通じゃないから」
「スタッフの方に報告した方が良いかもね。救護施設に、もうカウンセラーの方が派遣されているかも知れないし……」
「そうだね、そうだよね。ちょっと私、言ってくるわ」
 彼女は荷物を抱え、ふらついた感じで小走りに行ってしまった。
 一人の子供を優遇するにはいかない。ここには助けを必要とする人は幾らでもいるのだから。ただ彼女が危惧するのは分かる。優先してはとは思いながらも、心がそう向いてしまうのはしょうがないからだ。
 そんな目で女性を見送っていると、急にズボンの袖を引っ張られた。
 驚いて振り返る。だが振り返りには誰も見受けられない。
 視線をふっと下げると、引っ張る主はそこにいた。
 ――話に出ていた女の子だ。先程まで奥に居たのに、気が付いたら側に来ている。
 女の子は僕をじっと見つめ、無言で服を引っ張っていた。
「ど、どうしたのかな? 何か用かな?」と僕は驚き様に訊いていた。
「…………」
 女の子は何も言わない。
 僕はその場に膝を突いて視線を女の子に合わせた。近くで見ると、最初の印象から更に幼く見えた。
「何かあったのかい? 言ってくれないと分からないんだけど……」
 出来る限りに優しく言ったつもりだ。
 だけど女の子はうんともすんとも言わない。ただ僕が訊いた拍子に、手をゆっくりと水平と上げて指差しをしていた。
 ――本当に何も喋らないんだ。それに少し動揺した。
 女の子が指差した先には、噎せ込んで蹲るようにしている高齢の女性の姿があった。
「あ、ああ……そういう事か」
 僕は慌てて高齢の女性に歩み寄って行った。
 こんな窮屈な場所では心身が堪える。急に体調を崩すのが普通だ。
 女性の背を摩りながら僕は思った――普通に優しい娘じゃないか。
 一言も喋らない事に動揺はしたが、あの娘なりの何かしら事情があると。
 そう考えるのが普通だ。

 

 水の引き際代わりに、人の足が徐々にだが上がってくる。

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