小説

『千羽鶴』洗い熊Q(『鶴の恩返し』)

「あ、ありがとね、琴美ちゃん」
 その千羽鶴を受け取ると、琴美ちゃんは何も言わず逃げる様に走り去ってしまった。
 ――最後まで声は聞けずじまい。
 でも去る振り向き様に。
 僅かに微笑み見て取れたのは、この二週間の成果の賜なのか。

 

 高速バスの暗く狭い車内は、疲弊と体臭の空気で澱んでいた。
 当たり前だ。大半の乗客はボランティア参加者が殆どだから。
 それでも幾つかの空席がある中。
 隣が誰も座らなかったのは、窮屈な空間の唯一のゆとりだったか。
 その空席に荷物と、あの娘から貰った千羽鶴を透明なビニールに包んで置いていた。
 深夜の時間帯。車窓のカーテンが閉め切られ、皆が熟睡の暗中。
 僅かに幕開ける自身横の車窓からは、高速の照明灯のオレンジ色が流れ、それが千羽鶴を幾度のなく照らしていた。
 疲弊した重たい瞼を閉じたい。
 でもロードノイズを聞き、流れる橙の光源を眺めつつ、思案して眠れずにいる。
 ――何で僕にこれをくれたんだろう、琴美ちゃん。
 作る途中を見かけ、母親の為の物だと思っていた。
 ビニール越しに見る千羽鶴は、実際には千羽はない。
 多くても三百羽。でも、あの歳の子が短期間で作るとしたら相当な数だ。
 不可解な思いで漫然と折り鶴を見つめていると考えてしまう。

 多少なりと笑顔を見せてくれたが。
 結局は何も出来ずじまいではないか。
 内へと閉じこめられた彼女の声は、この先に外へと解き放たれる機会は永遠にないのではないかと。

 漫然と見つめていた白い一羽の折り鶴。それは偶々だ。
 白い羽の裏側に、橙に照らされた瞬間に見つけた。
 ん? 黒い斑点?
 羽の裏側の折り目から、斑に見える柄が見え隠れしている。
 ビニール袋から折り鶴の束を取り出して胸元で抱えるようにし、気になった一羽の折り鶴を顔元まで近づけて見てみた。
 何か書いてあるのか……?

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12