直ぐ叱ってくるけど、本当はとても優しい担当の女の先生。
願う度に、揺らいで浮かぶマッチの灯火。一つ、また一つと。
体はとても大きいのに、何をしても吠えないのんきな近所の犬。
笑うとまっ黄色な歯を見せる、陽気な工場の叔父さんたち。
仄かに温かい光。急ぐように立ち昇って行ってしまう一筋の煙。それがまた一つ、一つと。
温かい、ママのクッキーとミルク。温かい、ほっかぶりたくなる部屋にある毛布。
温かい、家のぬくもり。
二人は次々と見たいものを言い合った。そしてマッチは燃えて消えてゆく。
気がつけば――もうマッチは、残り一本になっていた。
「……最後の一本になっちゃたね」
兄が物寂しげに言っていた。
「うん……そだね」
「最後はお前が言うかい? 僕はいいよ」
妹は抱えていた膝の間に顔を挟んで、うーんと声にはならない呻きをすると兄に言った。
「……最後はお兄ちゃんが言って。私はもう、思いつかないよ」
「そんなことないだろ? 我慢しなくていいんだよ?」
妹はそっと、兄の肩に頭を添えていた。
「もう、いっぱいだよ。もう、嬉しかったよ。私は十分」
「そうかい……」
そう言って思い出したように兄は周囲を見渡した。
相変わらず、周囲にいた大人たちはじっと黙って、石のようにじっと動かないで。虚ろな目で、小さく消えそうなカンテラの灯を見続けていた。
それを見て、兄は何かを思いついた。
「……じゃあ、最後はお兄ちゃんが言っていいのかい? 本当に」
「うん……見たいものがまだあるの?」
最後の一本のマッチを大事そうに取り出しながら、兄は言った。
「お兄ちゃんが最後に見たいのは……」
「見たいのは?」
「ここにいる人たちみんなが、喜んで、笑って、感謝して。ここを飛び出して行く事だよ」
「ここを……飛び出す……?」