小説

『軸木は黒く燃え残る』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】(『マッチ売りの少女』『アリスの不思議な国』)

 直ぐ叱ってくるけど、本当はとても優しい担当の女の先生。
 願う度に、揺らいで浮かぶマッチの灯火。一つ、また一つと。
 体はとても大きいのに、何をしても吠えないのんきな近所の犬。
 笑うとまっ黄色な歯を見せる、陽気な工場の叔父さんたち。
 仄かに温かい光。急ぐように立ち昇って行ってしまう一筋の煙。それがまた一つ、一つと。
 温かい、ママのクッキーとミルク。温かい、ほっかぶりたくなる部屋にある毛布。
 温かい、家のぬくもり。
 二人は次々と見たいものを言い合った。そしてマッチは燃えて消えてゆく。
 気がつけば――もうマッチは、残り一本になっていた。

「……最後の一本になっちゃたね」
 兄が物寂しげに言っていた。
「うん……そだね」
「最後はお前が言うかい? 僕はいいよ」
 妹は抱えていた膝の間に顔を挟んで、うーんと声にはならない呻きをすると兄に言った。
「……最後はお兄ちゃんが言って。私はもう、思いつかないよ」
「そんなことないだろ? 我慢しなくていいんだよ?」
 妹はそっと、兄の肩に頭を添えていた。
「もう、いっぱいだよ。もう、嬉しかったよ。私は十分」
「そうかい……」
 そう言って思い出したように兄は周囲を見渡した。
 相変わらず、周囲にいた大人たちはじっと黙って、石のようにじっと動かないで。虚ろな目で、小さく消えそうなカンテラの灯を見続けていた。
 それを見て、兄は何かを思いついた。
「……じゃあ、最後はお兄ちゃんが言っていいのかい? 本当に」
「うん……見たいものがまだあるの?」
 最後の一本のマッチを大事そうに取り出しながら、兄は言った。
「お兄ちゃんが最後に見たいのは……」
「見たいのは?」
「ここにいる人たちみんなが、喜んで、笑って、感謝して。ここを飛び出して行く事だよ」
「ここを……飛び出す……?」

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