小説

『軸木は黒く燃え残る』洗い熊Q【「20」にまつわる物語】(『マッチ売りの少女』『アリスの不思議な国』)

「大丈夫だよ、ここは頑丈な場所なんだから。叔父さんが言ってたじゃないか? ここに逃げ込んどけば大丈夫だって」
「……うん、言っていた」
「それに兄ちゃんが側にいるだろ? これ以上、心強いことはないだろ?」
 でも掴んでいた兄の腕は小刻みに震えてた。音が鳴る度に、大きく震えたり、そして小さくなったりと。
「……お兄ちゃん。寒いの?」
「そ、そだね。ここは寒いかもね。暖炉も何もないからね」
「私も寒いよ、ここは」
「温まる物があれば良いんだけど……何も持ってこなかったからね」
「チョコレートは? ジェドおばちゃんがくれたの」
「あれも置いてきちゃったね。ママ、戸棚の中に入れて置いてくれたのに」
 二人は合わせる様に真っ暗な天井を見上げた。ドーンという地鳴りと共に天井から落ちてくる砂粒を頬に受けながら。
「ママ、大丈夫かな。お兄ちゃん?」
「きっと大丈夫だよ。僕達みたいにどっかに隠れているよ」
「そだよね。今日も出かける時に”ちゃんと帰ってくるからね”と言ってたもん」
 下を向いて妹は目を擦っていた。声は出していなかった。
「そうだ……チョコは持ってこなかったけど、これを持ってきたんだった。見てみ。見えないか? じゃあ触ってみ」
 兄がポケットから何か出して掌の上に乗せていた。妹は手を重ね合わせてそれを撫でてみた。
「これ、もしかしてマッチ箱?」
「そう。この前にスミズ叔父さんがくれたやつ。絵柄が綺麗な」
「女の子が描かれてるのだ。マッチ売りの少女」
「小さいけど綺麗な絵だったよね。お前が気に入っていた。だから持ってきたんだ」
「ホントに?」
「……たまたまポケットに入ってた。ママに内緒で持ってきて、そのままずっと忘れてた」
 兄は声を出さないで笑っていた。妹は手を重ねたままで、ぎゅっとマッチ箱を握りしめてた。
「……ねぇ、お兄ちゃん。あのお話ってホントのことかな?」
「あのお話?」
「マッチが点いたら願ったものが見えるって」
「たぶん……本当だよ」

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11