実験よりも印象に残っているのは、その日の放課後のことだ。
理科室の棚に収納されていた磁石が全員に配られた。砂鉄を集めるという宿題も添えて。
物珍しい遊び道具を手に入れたことで、私たちははしゃぎながら下校した。下校せず校舎裏の山へと向かった男子もいた。
私は一旦家に帰ると、タケコと待ち合わせて海へ向かった。海岸のほうが砂鉄はたくさんある、とタケコが言ったからだった。
私たちは海と向き合い、波打ち際にしゃがみ込んだ。磁石を片手に、しばらくはのんびりとしていた。
「タケコプターはね、磁力で頭にくっつくんじゃないんだよ」唐突に、タケコがそんなことを言い出した。「タケコプターには強力きゅうちゃく板があって、たこの吸盤みたいになってるんだよ。でも翼面が少なすぎるから、実際にあの大きさだと飛べないんだよ」
その後もそれぞれのペースで砂鉄を集めながら、タケコはいろいろなことを教えてくれた。どの話しも、タケコプターで空は飛べない、という考察へ結びつくものだった。SF漫画や映画の設定を科学的に検証する学問(もしくは娯楽)は今でこそ手垢に塗れているが、タケコは小学三年生でそれを実践していたことになる。
そんな変化の日々は、タケコの証明により終焉を迎えた。
「タケコプター、空を飛んでみろよ」
その言葉に反応したのは、私とタケコ以外の全員だった。誰かのその言葉に、「やってみろよ」と多くの誰かが便乗し、目を輝かせた。これもまた、相対的な悪意だったのだろう。
こういったことに対して無反応でやり過ごしてきたタケコは、初めてタケコと呼ばれたあの日のように無言だった。ただ、あの日のように不服そうな顔はしなかった。
私が何をするでもなく見守っていると、タケコは突然反応を見せた。
「やってみるね」
タケコは教室の窓を開けると、そこから飛んだ。そして、タケコプターが空を飛べないことを証明したのだった。
ごろり。
寝返りを打ち縁側へ頭を出すと、空はピンク色に染まっていた。フラミンゴの大群が飛び立ったのだ。どのフラミンゴも、どことなく、いつか会ったことのある人に見えてくる。それは多分、本当に会ったことがあるからだ。
私もああやって飛び立つことになる。
はっとしてテレビに視線を戻すと、そこには一羽のフラミンゴが干潟から出られず、所在なげにじっとしていた。あの日のタケコのような表情をした一羽だ。