小説

『飛べなかった記憶』高橋己詩【「20」にまつわる物語】

 実験よりも印象に残っているのは、その日の放課後のことだ。
 理科室の棚に収納されていた磁石が全員に配られた。砂鉄を集めるという宿題も添えて。
 物珍しい遊び道具を手に入れたことで、私たちははしゃぎながら下校した。下校せず校舎裏の山へと向かった男子もいた。
 私は一旦家に帰ると、タケコと待ち合わせて海へ向かった。海岸のほうが砂鉄はたくさんある、とタケコが言ったからだった。
 私たちは海と向き合い、波打ち際にしゃがみ込んだ。磁石を片手に、しばらくはのんびりとしていた。
「タケコプターはね、磁力で頭にくっつくんじゃないんだよ」唐突に、タケコがそんなことを言い出した。「タケコプターには強力きゅうちゃく板があって、たこの吸盤みたいになってるんだよ。でも翼面が少なすぎるから、実際にあの大きさだと飛べないんだよ」
 その後もそれぞれのペースで砂鉄を集めながら、タケコはいろいろなことを教えてくれた。どの話しも、タケコプターで空は飛べない、という考察へ結びつくものだった。SF漫画や映画の設定を科学的に検証する学問(もしくは娯楽)は今でこそ手垢に塗れているが、タケコは小学三年生でそれを実践していたことになる。
 そんな変化の日々は、タケコの証明により終焉を迎えた。
「タケコプター、空を飛んでみろよ」
 その言葉に反応したのは、私とタケコ以外の全員だった。誰かのその言葉に、「やってみろよ」と多くの誰かが便乗し、目を輝かせた。これもまた、相対的な悪意だったのだろう。
 こういったことに対して無反応でやり過ごしてきたタケコは、初めてタケコと呼ばれたあの日のように無言だった。ただ、あの日のように不服そうな顔はしなかった。
 私が何をするでもなく見守っていると、タケコは突然反応を見せた。
「やってみるね」
 タケコは教室の窓を開けると、そこから飛んだ。そして、タケコプターが空を飛べないことを証明したのだった。

 ごろり。

 寝返りを打ち縁側へ頭を出すと、空はピンク色に染まっていた。フラミンゴの大群が飛び立ったのだ。どのフラミンゴも、どことなく、いつか会ったことのある人に見えてくる。それは多分、本当に会ったことがあるからだ。
 私もああやって飛び立つことになる。
 はっとしてテレビに視線を戻すと、そこには一羽のフラミンゴが干潟から出られず、所在なげにじっとしていた。あの日のタケコのような表情をした一羽だ。

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