小説

『次、停まります。』間詰ちひろ【「20」にまつわる物語】

 和室に無造作に置かれたダンボール箱のうえに、しっかりとした作りのアルバムが乗せられていた。そのアルバムはかなり昔のもののようで、絵美はすこし気になった。
「おばあちゃん、あのアルバム、見てもいい?」絵美は、祖母に声をかけたものの、返事を待てずにアルバムをめくっていた。
 そのアルバムには、絵美の母親の思い出が、ぎっしりとつまっていた。少し困ったようにみえる表情や、顔一杯に広がった笑顔。写真をとる前に一問答あったに違いないと思わせるような怒った顔つき。様々な母の姿が、そのアルバム一杯に納められていた。
「あ、絵美ちゃん。そのアルバム……」見ないで欲しかった、と言いたかったのだろうか。祖母はその後の言葉を発しなかった。けれど、絵美の横に座り「これは、今の絵美ちゃんと同じくらいの歳かな? これなんか、ちょっと、怒った顔だねえ」と、一枚一枚、指差しながら、静かに話してくれた。
「これは、あの子の成人式の写真だね」そういって、アルバムの最後のページをめくった。そこには、さっきバス停で会ったばかりの女性そっくりの母の姿が映っていた。……やっぱり、あの女の人は、お母さんだったのかなぁ? 絵美はそう思いながらも、そのアルバムのなかで笑っている母の姿から目をそらすことはできなかった。
「……なんか、ちょっと、しんみりしちゃったねえ」おばあちゃんはそう言いながら、ふう、と小さく息を吐いた。おばあちゃんは少しだけ涙目だったけれど、「でもね」と続けた。「絵美ちゃんは、本当にお母さんに似ててね。たまに、『あれ? あの子が戻ってきたのかな?』って思うこともあるの。絵美ちゃんはおばあちゃんにとっては孫だけど、娘みたいにも思えるんだよね」その口調は、寂しさというよりは、むしろあっけらかんとした明るさがあった。なんとなく悲しい雰囲気に支配されそうになっていた空気は、ほうきでサッと掃いたように、その一言で散らばっていった。
「おばあちゃんは、お母さんに似た人に街であったらどうする?」さっき会ったんだよ、とは言えないものの、絵美は祖母に聞いてみた。するとおばあちゃんは「うーん、そうねえ。『あ、絵美ちゃん!』って言うかもしれない。本当に絵美ちゃんはね、お母さんに似てるんだよ」そういってアルバムをぱたりと閉めた。
「絵美ちゃんを、お母さんになぞらえてるんじゃないんだよ。絵美ちゃんの耳の形とかは、絵美ちゃんのお父さんにそっくりだし」そういいながら、おばあちゃんはアルバムをダンボールのなかに再び、しまい込んだ。絵美は言葉を発することはできなかったけれど、うん、と小さく頷いた。
「絵美ちゃんは、絵美ちゃん。でも、絵美ちゃんのなかには絵美ちゃんのお母さんが確かに引き継がれているんだなって思うの。もう会えない、っていうのは寂しいけどねぇ」さて、と、おばあちゃんはダンボールに手をついて立ち上がった。「お昼ごはん、絵美ちゃんのすきなタマゴサンドイッチ作ってあるから、食べちゃおうか」絵美もこくりと頷いて、ダンボールに手をついて、立ち上がった。

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