ここでエヘンとばかり得意に、そのアイディアを皆様に詳しく述べたいところであるが、内緒とする。残念ながら〈それは秘密です〉で、その素晴らしきアイディアは天からの授かり物のごとく、普段考えごとなどしない私の頭に唐突に舞い降りたのである。うん… あぁ教えたい、教えたいけど教えてあげない。
私は帰宅してそのアイディアを妻に話した。すると待ってましたとばかりに、妻の目が輝いた。
「絶対に儲かるからそれを商売にしましょ。元手もそんなに掛からないと思うし」自信たっぷりに言う。
「えらい自信だな」と、妻の確信ぶりに少々不審を抱いて、私は返した。
「うん、絶対大丈夫だから。ずっと前から分かってたし」
「えっ? 前から……」私は首を傾げた。
ほとんど趣味らしい趣味など持っていない妻であったが、昔から占いには大変凝っていた。妻は、金も地位も名誉もない私からのプロポーズを、少しも躊躇せず受けてくれた。結婚前つき合い始めた頃、私との結婚を占ったそうである。
〈その男、四十代半ばを過ぎて大成すること確実である。それまでの間、妻となった者は、いくら苦しくとも愚痴を吐いてはならぬ。また大成するであろうことを男に教えてはならぬ。子供は二人授かる。二人共にこれと言った大病せず健康に育つ。ある日突然と男の脳裏に優れた着想が浮かぶであろう。その着想を疑うことなく活かしたならば、成功し、家族幸せに暮らせるだろうこと間違いなし〉
と、そんな感じに占われ、すっかり信じきったと妻は言う。信じる者は救われる。と、妻の話を聞いて、私も自分のアイディアと大成を信じることにした。
そこで善は急げとばかし私はさっそく工場を辞め、ほうぼう駆けまわってなんとか資金を調達し、アイディアをもとに事業を興した。
すると事業はすぐさま軌道に乗り、あれよあれよと言うまに拡大していった。そして、ついこの間まで月の手取り20万円に嘆いていた私が、アイディアひとつで、今では結構な金力を手にするに至った。妻の信じる力のおかげだろうか、こんな作り話のような出来ごとが、まさか自分の身の上におきようとは夢にも思わなかった。
夜マンションの20階ベランダに出て、シャンパングラス片手に私は、煌びやかな街の夜景を望み思う。今となっては、あの時あれだけ惨めに煩悶した工場での日々も、懐かしく愛おしい。
工場長は今も変わらず、
「ひょ〜ん、ふぇ〜ん、ははぁふぅ」と、小太りのからだでピョンピョン跳ねているのか知らん……