小説

『手取り20万円』広瀬厚氏【「20」にまつわる物語】

「ひまだ〜、あ〜ひまだひまだ〜」
 跳ね終わったと思ったら、聞こえるように大きな声で、暇だ暇だと連呼する。工場長は誰かにかまって欲しいのである。仕事は自分で作りだすものだ、と私は彼に言ってやりたいが、知らぬふりをする。ここで話しかけたらまずい。つまらぬ話を延々と聞かされる。話し出したら止まらない。
 私は凶暴な音を立て、サンダーで鉄をぶった斬っている。その音に負けず劣らず、暇だ暇だと彼の声が耳に響く。
「バッタバッタ!のクッチャクッチャ!でかなわんな。もっと考えて仕事入れてくれんかなっ!」
 少しでも仕事が忙しくなると工場長は決まって同じ言葉で愚痴る。愚痴って、仕事を始めると思いきや「ひょ〜ん、ふぇ〜ん、ははぁふぅ」とまた、小太りのからだをピョンピョン跳ねさす。
 彼と一緒の現場で仕事をしている私は、たいへん疲れる。
 私がヤスリを使って鉄を研磨している所に、社長が小指で鼻をほじりながらガニ股歩きにやって来た。
「適当でいいから適当で。ツルンとしてればいいから、ツルンとテレンと」
 社長は、ツルンとかテレンとか適当と言った言葉がとても好きで、よく使う。適当にやっていてはなかなかツルンともテレンともいかない事をまったく理解していない。困った社長である。そんな困ったちゃんが今度は工場長の所へ行って言った。
「インチキでいいからインチキで、そこんところインチキで」と、3回もインチキを繰り返す。
 先に言い忘れていたが、社長はインチキと言った言葉も大好物でよく使う。彼はインチキをすると徳をすると、微塵も疑う事なく、毅然と信じている。本当に困ったちゃんな社長である。
「インチキインチキ言いますけど、何をどうインチキするんですか?」工場長が反撃した。
「わからん奴だなあ。インチキって言ったらインチキだよ。そこんところ見えない箇所だろ。手を抜いてごまかしゃいいんだよ。見えるとこだけツルンとしてればいいんだよツルンと」と困ったちゃんは、ここでもまた得意のツルンを口から発射させ、工場長に命中させた。
「はいはい。インチキにツルンとですねツルンと」工場長の口からもインチキとツルンが出る。
「そうだインチキにツルンとテレンと適当でいい!」ついに、インチキ、ツルン、テレン、適当、の必殺4連チャン攻撃を社長は放つのだった。
 私はいつも思う。社長のそんな考えが仕事を減らしている一大要因であると。
 腰をフリフリ、ケバい化粧となりをして若奥様が出社して来た。ウルトラ重役出勤の彼女は毎日適当な時間に出社する。昼前のときもある。昼過ぎのときもある。下手すりゃ夕方にふらっと出社して来る。彼女は自分の事を除いて、ひどく吝嗇家である。
 空に重い雲が垂れ込めて、朝からずっと薄暗かった。

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