小説

『専業労働者』高橋己詩(『アリとキリギリス』)

 日没が姿を見せました。業務終了です。
 アリ太は業務報告書への記入を手早く済ませると、すぐに身支度を整えました。玄関に立ち、佐藤の方へと向き直ります。佐藤は依然、変化を見せません。
 アリ太はこの部屋に毎日通い、一人で、同じ仕事を繰り返してきました。これが自分の仕事なのか。こんなことをしていて、どうなるというのか。疑問が湧いてくることがあります。ですが、その疑問は毎回、すぐに打ち消されます。

 まあ、いいや。

 という前向きな諦めがあるためです。
 自分がこの仕事をしなければならない理由はありません。しかし佐藤はここで眠っています。その様子を知りたがっている人間がいます。だから誰かが監視し、伝達する必要があります。その誰かに、アリ太はなったというだけのことです。この仕事をすることでアリ太に給料が発生し、アリ太はご飯を食べることができるのです。
 外はオレンジ色に染まっていました。黒いスーツをまとった他の労働者たちが、駅へと歩いています。流れていく労働者たちの中に、アリ太も入り込みました。
 アリ太は駅へと急ぎます。一本でも早い電車に乗りたいのです。
 家では、キリギリスとし子が待っています。

1 2 3 4 5 6