小説

『専業労働者』高橋己詩(『アリとキリギリス』)

 広告主である株式会社アナツクに連絡し、早速登録会に参加しました。株式会社アナツクはどうやら人材派遣を行っている会社であるらしく、広告で見たものの他にも、あらゆる勤務先を紹介してくれるらしいのです。
 そして登録会です。登録会では、契約から勤務までの流れや業種に関する説明があり、営業担当者との面談も行われました。雇用形態が派遣社員であることや、出勤のシフトが前月二十日には確定していること、そして、それほど日を空けずに派遣先が確定しそうなこと。アリ太に都合の良いことばかりが説明されました。
 アリ太は面談の際、最終学歴が商船学校であることを告げました。すると営業担当者は、日出没の時間を算出することはできますか、と質問をしてきました。アリ太は、できます、と前置きし、観測地の緯度と経度を利用して、毎日のように寄港地の日出没時間の算出をしていました、と説明しました。卒業してしばらく経過していたので、やれと言われてその場でできるものではありませんでした。しかし、一つひとつの専門的な単語をよどみなく発することができたのは、その必要性を必要以上に感じていたからなのでしょう。
 ぴったりの仕事がありますよ、と電話連絡を受けたのは、登録会が終わって二時間後のことでした。詳細の説明と契約をするので本社にお越しください、と言う営業担当者の声は快活でした。

 佐藤は眠りが浅いせいか、よく寝返りをうっています。いびきをかくこともあります。立ち上がったり、怒鳴ったりすることがなければ特に問題はありませんが、アリ太は念のため、鞄から業務処理マニュアルを取り出しました。営業担当者から渡されたものです。
 マニュアルの目次には、佐藤の取り扱いや監視手順に関する項目が並べられています。そしてそれらが更に細分化されています。

・佐藤が立ち上がったとき
・佐藤が笑顔になったとき
・佐藤に電話があった場合
・佐藤の傍に置くべきもの
・空気の入れ替えについて

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