小説

『はたから見たらごんぎつね』渋澤怜(『ごんぎつね』)

B すごく賢いきつね
 そのきつねは、人間の言葉が分かるほどにとても賢いのですが、きらきらした動いているものを見るといてもたってもいられなくなり、つい飛びついて、しっちゃかめっちゃかにした後、放り出してしまう、という、自分でも抑えられない、困った癖、というか、生き物としての本能的な習性をもっていました。
 兵十という村人が捕ったうなぎにちょっかいを出して逃がしてしまったのも、いわし屋のいわしに飛びついて兵十の家に放り込んでしまったのも、その、どうしても抑えられない癖のせいでした。自分がうなぎを逃がしたせいで兵十のおっかさんが死ぬ前にうなぎを食べられなかったかもしれないこと、自分のせいで兵十が盗人あつかいされていわし屋に殴られてしまったことは、よく分かっておりました。とても賢いから、親孝行の概念や盗みの概念もよく分かるのです。そして、どうしても、兵十に謝りたいと思っていました。
 きつねはとても賢いので、人間の言葉を分かりましたし、文字も書けましたが、紙と筆を持っていないのでした。そのため、山からどっさり栗を持ってきては、兵十の物置に忍び込み、栗を一個ずつ、文字の形になるように置いて、謝りたい気持ちを伝えることにしました。しかし何日繰り返しても兵十は栗で書いた文字に気付いてくれないどころか、「神様が、ひとりぼっちになったお前をあわれんで、栗を恵んでくださるのだ」なんて勘違いをしているではありませんか。
 きつねは、「謝っている気持ちが伝わらなくてもいい、ただ栗を喜んでくれるなら」と思い、次の日も栗をもって兵十の家に忍び込みました。ところが、その日は、兵十がきつねの姿に気付きました。こないだうなぎをぬすみやがったあのきつねめが、またいたずらをしに来たな。そう思った兵十は、きつねを火縄銃でドンとうちました。
 兵十がかけよると、土間に栗が固めておいてあるのが目につきました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
 でも、兵十は、なぜきつねが栗をくれるのか、さっぱり分かりませんでした。

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