と、ぶつぶつ言っています。ごんは、「しめしめ」と思いながら、そっと兵十の家の物置の入り口に忍び込み、山でどっさりひろって来た栗を置いておきました。本当はまたいわしを盗みたかったのですが、いわし屋は毎日来るものではありません。こうして何か食べ物を置いておけば、また兵十が盗人あつかいされるだろう、と思ったのです。ごんは次の日も、その次の日も、栗を拾っては兵十の家に持っていきました。その次の日には松茸も二、三本、もっていきました。
しかし、ある日の月の良い晩、たまたま兵十とその仲間の加助というお百姓の話を盗み聞きしたごんは、すっかり驚いてしまいました。兵十は盗人あつかいされて怒るどころか、栗や松茸をありがたっているようなのです。
仲間の加助は、
「きっと神様が、ひとりぼっちになったお前をあわれんで、いろいろ恵んでくださるのだ」
なんて言っているではありませんか。
ごんは、こいつはつまらない、どうしても、栗と松茸を持ってきたのは自分だと気付かせたいと思いました。そして、兵十は家に忍び込まれても気付かれないうすのろだ、病気のおっかさんにうなぎも食べさせられないまぬけなやつだ、と思い知らせたかったのです。
次の日、兵十の家に栗と松茸を持ってきたごんは、今にも物置を去ろうとする間際、わざと兵十に聞こえるように、ほんの少しだけ足音を立てました。すると兵十は、ふと顔をあげました。こないだうなぎをぬすみやがったあのごん狐めが、またいたずらをしに来たな。そう思った兵十は、火縄銃でごんをドンとうちました。
兵十がかけよると、土間に栗が固めておいてあるのが目につきました。
「ごん、お前だったのか。いつも栗をくれたのは」
その声は、兵十がごんにかけた、初めての優しい声でした。そして、一人ぼっちで生きてきたごんが初めて生まれて聞いた、自分へ向けられた優しい声でした。
ごんは、ぐったりと目をつぶったまま頷きました。そして、やっと気が付きました。なぜ、じぶんがこんなに兵十にしつこくいたずらをしかけていたのか。それは、自分と同じひとりぼっちの兵十に、こんな風に優しい声をかけてもらいたかったからなんだ、と。