小説

『醜い人』長谷川蛍(『みにくいアヒルの子 』)

 グループ討論が終わった後、僕は自分からその女生徒に話しかけていた。考えてみると、自分から人に声をかけるのは高校に入ってから初めてのことだったと思う。
「ねぇ」
 声をかけられた女性は、ゆっくりとした動作で僕の方を振り返った。長い黒髪が少し遅れて彼女についてくる様子を、僕は美しいと感じた。
「何?」
 僕は頬を少し赤く染め、どもりながらこう聞いた。
「僕のことを醜いとは思わないの?」
 彼女は興味なさそうに僕の顔を一瞥して、
「さぁ。よくわからないわ」
 と言った。 
 それから何を話したのかよく覚えていない。でも、僕に今までなかった感情が生まれたのは確かだった。それが恋と呼ばれるものなのか、単なる友情のようなものなのかは、どちらも持たない僕には判断がつかなかった。
 その討論を経てから、僕は必死で勉強をした。理由もわからず、ただそうしなくてはならないという衝動が、僕の中に居座り続けていた。
 自分の醜さにかこつけて逃げ続けていたものに、僕は向き合おうとしていたのだと思う。
 その猛勉強の結果、僕の通っていた学校では異例なほどいい大学に進学することができた。そこで過ごした毎日も、今までと大差はなかった。それでも僕は、自分が正しい方向に少しずつ歩み続けていると確信していた。
 そして、その日が遂に訪れた。

 
 私は、自分が恵まれていると考えたことはなかった。そんな私だったのだけど、いつだったか美沙にこう諭されたことがある。
「友里は自分を客観視できるようになるべきだよ。行き過ぎた謙遜は、時に人を傷つけ、その傷は永久に修復できないものになることもあるんだから」
 その時は、美沙が言っていることの意味をよく理解していなかった。美沙の苦痛に歪んでいるような顔も、それが人に真剣な話をする時に現れてしまう美沙の癖のようなものだと思って、特に気に留めていなかった。
 小学生の頃は、毎日がやけに楽しかった覚えがある。運動も勉強も得意だったので、多くの友達に囲まれ、多くの男子に告白を受けていた。小学校の六年生の頃には、初めて「おつきあい」をした。相手はクラスの男子の中で一番目立っていた男の子で、私たち自身が望んでいたというより、周りの空気が徐々に私たちを近づけていったような気がする。小学生だったから、「おつきあい」と言っても何か特別なことをしていたわけではない。時々二人で帰ったり、休み時間におしゃべりをしたりするだけだった。私たちに重要だったのは、「おつきあい」そのものではなく、周りの囃し立てる声や、その声をたしなめる友人たちの存在や、その羨望の目だった。

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