小説

『バー「オスキナ」』西橋京佑(『シンデレラ』)

引き戸にかけた右手を2度ほど引っ込めて、3度目に意を決して左手を使って勢いよく開けた。薄暗い店内はモルタルの床が奥の方まで広がっていて、ハイランダーと思しきロールトップテーブルに、赤と紺色のヘリノックスが2ペアずつ無造作におかれている。こんなアウトドアなバーがあるのかと思ったが、その奥に見慣れたバーカウンターもあり、恐らくオスキナのママがお呪いか何かをするときにヘリノックスに客を座らせるのだ、と勝手に解釈をした。
「いらっしゃい」
自分でも大げさすぎるくらいにビクッとして、いじっていたヘリノックスを倒した。そこには、驚くぐらいに横に広がったソバージュの髪を、少し気だるそうに撫でつけながら後ろに結ぼうと躍起になっている女性がいた。オスキナのママだ、と一瞬で悟った。
「すいませ…」
「ご注文は?」
ママは既にグラスにビールを注いでいた。バーとは言えど、こんな日に昼間から酒なんて飲む気にはなれなかった。僕は早々にこの街を抜け出したくて、意を決して本題をぶつけることにした。
「24時間、叶えてくれるんですよね?」
「え?」と、ママはグイッとコップを口元で傾けた。自分で飲むのか、と少し拍子抜けした。
「望みを叶えてくれるって聞いて、24時間。それで、きたんですけど」
「ああ、そっちの方のお客さんなの」
そっちの、という言葉に「またか」と言わんばかりのげんなり感を覚えた。ママは、思った通りに、ヘリノックスの方を指差しながら「座って」と促した。そう言うがはやいか、ドサッと自分自身が先に座った。
「はじめに言っておくけど、普通の店よ、ここは」
「えっ」と、情けない声が漏れた。
「誰が言い始めたかわからないけどさ、人のこと魔女みたいに言って、ひどいわよね。まあでも、願いが叶うかもって言うのはいい宣伝文句よね」
言っている意味がよくわからない、と言う顔でママを凝視していた。
「叶えてくれるのか、そうじゃないのか、どっちなんですか?」
「それは、あなたの願いが何か、にもよっては叶えられなくはないわね。たとえば、ビールが飲みたいとかさ…冗談。どうしたくてここまできたの?」
そう言われて、少し戸惑った。自分は一体どうなりたいんだろう。金持ちになりたいとか、そういう野暮ったいものではないはずだ。
「正直言って、わかりません。”東京”になりたいって、思ってはいたんですけど」
「東京になりたいって、なに?あなた、都知事にでもなりたいわけ?」
大真面目な顔で聞いてきたので、思わず笑ってしまった。

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