小説

『わがままな人体』紫水晶【「20」にまつわる物語】

「ねえ、聞いてる?」
「え?」
「また考え事?」
「いや……って、ここ、どこだ?」
「何言ってんの? 大丈夫?」
 梓が眉間に皺を寄せて健人の顔を覗き込んだ。
 その視線を無視して、健人はぐるりと周囲を見回した。
「遊園地?」
「そうだよ。健人、行きたいって言ったじゃん」
「え? 誰が?」
「健人が」
「俺が? いつ?」
「今朝。朝ごはん食べてる時言ったじゃん」
「朝ごはん? 俺、朝ごはん食べたの?」
「はあ? 何言ってんの?」
 梓が健人の額に手を当て、「うーん」と首を傾げながら唸った。
「熱はないみたいだね」
「無いよ」
 その手を払い除けると、健人は目の前のベンチに腰を下ろした。
「ちょっと、説明してくれるかな」
 頭を抱えたまま、健人は梓に問いかけた。

 梓の話によると、今朝の健人は別段変わった所はなく、普通に起きて梓の用意してくれた朝食を美味しそうに食べていたという。
 ただ普段と違う所は、いつもより饒舌だったということだ。
「そんなに俺、喋ってた?」
「うん。すごく機嫌よかったよ。天気がいいから遊園地行こう! って両手挙げて」
 言いながら梓は両腕を大きく上に伸ばした。
「冗談だろ……」
 どこを探っても、そのような記憶は欠片ほどもない。健人は益々訳がわからなくなった。
「他には?」
「んー」
 小さく尖った顎に人差し指を当てると、梓は上目遣いに晴れ渡った青空を見上げた。
「なんか、優しかった」
「例えば?」
「私の話をすごく真剣に聞いてくれてたよ」
「あ、そう……」
 普段、彼女の話を適当に聞き流していることを責められているような気持ちになり、いささか居心地の悪さを感じた健人は、咳払いを一つすると、梓の手を取り隣に座らせた。
「あのさ、折角来たのに悪いんだけど、どこか他の所に行かない?」
「え?」
「苦手なんだよ、こういう所」
「そうなの? さっきはあんなにはしゃいでたのに」
「はしゃいでた? 俺が?」
「うん。かなり」
「どんな風に?」

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