小説

『わがままな人体』紫水晶【「20」にまつわる物語】

 手が、右の掌を閉じたり開いたりして見せた。
「今あなたが閉じたり開いたりしている手。それを動かしているのはこの私。神経です」
「なんだって?」
「考えてもみてください。あなたたちが動くためには何が必要か」
「そりゃあ、脳さんが指令を各器官に伝えて……」
「そうですね。じゃあ、その指令が通る道は?」
「神経……」
「正解」
 再び全身に緊張が走った。
「あなたたちは今まで、脳さんの指令を私を介して受けていました。ところが、これからはそれぞれが独立した器官となり、独自の判断で動く」
「そうですよ。なのであなたのお力は必要なくなるわけです」
「脳さん。あなたほどの方が何をおっしゃいますか?」
「何か間違っていますでしょうか?」
「間違ってるも何も……」
 神経がゆっくり息を吐くと、身体中がじんわりと暖かくなった。
「もう一度言います。今までは、脳さんが各器官に指令を出していた。しかし、これからは脳さんの力を借りずに独自に動く……。それに使われる機能。それは……」
「それは……?」
 全ての器官が固唾を呑んだ。
「反射です」
「反射……」
 最初に口を開いたのは脳だった。
「そうですよ、脳さん。これから皆さんを動かすのは、反射です。反射とはご存知の通り、脳を介さずにダイレクトに行う反応の事です。それを司るのが私、神経です」
「ああ、なるほど。今後、神経さんが大変重要な役割を担うことになるのですね。よくわかりました。そうなると、また一つオーバーしてしまいますね。やはりプレゼンしないと……」
「お待ちください」
「何でしょう? 神経さん」
「あなたはまだお分かりにならないようだ」
「何がです?」
「いいですか。先程私は、これからは反射を使うと言いました。反射とは、脳を経由しない反応です。つまり……」
「……脳だ……」
「え?」
 全員が一斉に、口に意識を集中させた。

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