しかし、今から一年前の夜の出来事である。
誠司は居間でみかんを食いながら胡座をかいてテレビを見ていた。二人分の食器を洗い終えた愛子が濡れた手をタオルで拭い去ると台所から出て来て、いつもとはどことなく違った顔をしながら誠司の前に正座した。愛子の背中に十四型のテレビがすっぽりと隠れた。これといって別に見たい番組でもなかった。する事がないから暇潰しにテレビを見ていただけの誠司に照れ臭そうにして愛子は話しかける。
「お父さん。あのね、お父さんに会わせたい人がいるの」
「ほぉ。何処の誰?」
愛子の目が一瞬だけ下を見た。そして決心したように再び視線を誠司に戻す。
少しだけ間をあけて再び会話を続けた。
「私の彼氏」
「へー。彼氏いたんか」
「うん」
「へー。いつから」
「二年くらい前から」
「へー。知らんかった。凄いな」
「あと」
「あと?」
「あと、突然の話になるのだけれど、来年、彼氏と結婚も考えているわ」
「へー。そうなの。凄いな」
誠司に驚いた様子はなかった。と、言いたいところであるがこの冷静さは誠司なりの精一杯の演技だった。「会わせたい人がいる」と言われた瞬間、次に言われる言葉を先読みして誠司は何とも言えぬ憎悪感に苛まれていた。
彼氏。
やはり男か。
娘の口から初めて聞かされた。しかし、よく考えてみれば十九歳の娘に彼氏がいても別に不思議な事ではない。仕方がない。仕方のない事なのだけれど良い気分にはなれない。腹が立つ。娘がそれを隠していた事に腹が立つのか。いや、違う。娘を自分から奪おうとする男に非常に腹が立つのだ。
愛子は何処で彼氏を作ったのか。二年もの間、何処で彼氏と会っていたというのだ。
その男は一体何者だ。
結婚だと。想像しただけでもおぞましい。
おぞましくて、けしからん。
誠司には二つの選択肢が置かれている。