小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

 階段を駆けおりる音が聞こえ、髪をポニーテールにしている亜沙美が玄関に現れた。
「あ、晴一君……非礼を詫びにきたのね。まあいいわ、とりあえずなかに入りなさい」
 亜沙美は手招きして俺を二階の部屋に案内した。
 六畳ほどの亜沙美の部屋はピンク系の色で統一されて、アイドルのポスターやぬいぐるみもあり、女の子の部屋の印象を受けた。
「ウロウロしていないで座りなさい。いいわ、お茶もってきてあげる」
 亜沙美はピンクの座布団を差し出して部屋を出た。
 一人になった俺は落ち着かずキョロキョロしていると、本棚の文集が目に留まった。
 読みたくなった俺は、カフェの件をどう切り出すか文集にヒントがあるかもしれない、と無理やりこじつけ手を伸ばした。
 そこには亜沙美の将来の夢が載っていた。
≪あたしのしょう来の夢はハムスターです。理由はくるくる回っていればヒマワリのタネをもらえるので楽でいいなと思いました≫
 絶対に見てはいけないものを見たような気がした。二の腕が粟立っていた。
 そっと本棚に戻した。
 だが数秒後……。
 文集を読んで亜沙美のことがもっと好きになった。特に愛すべきポイントのない文章だったが、俺の知らない小学生の亜沙美が脳内でイメージされ愛おしく感じた。
「待たせたわね。紅茶を用意していたらお母さんが若い人はこっちが喜ぶというものだから、二つ持ってきたわよ」
(炭酸か……どっちでもいいや。それよりも、玄関で出迎えてくれた中年女性は母親なのか。そうか読めたぞ)
 俺は初デートに現れた女性は亜沙美の親戚だと踏んだ。母親がいくらなんでも似ていないので、その分親戚はそっくりではないかと想像した。
「で、晴一君は私に謝りにきてくれたのでしょう?」
(謝る? イタズラをやりきらないと気がすまないのか。まあ、いいだろう。俺の愛を見せてやる!)
「亜沙美! この前はホントごめん。俺、亜沙美が大好きだ! 許してくれ!」
「いいわよ許してあげる。私も怒って帰ってしまったことは反省しているの。私もごめんなさい」
(あ、ネタばらしなしで終わるパターンか)
 その後、亜沙美の家で夕飯をご馳走になり、次のデートの約束をして家を後にした。

 数日後。カフェで待ち合わせをしている俺は、デートのイメージトレーニングをしながらコーヒーをすすっていた。しばらくして背後から肩をポンと叩かれた。
「ごめんなさい。今回も待たせてしまったかしら」
 前回の記憶がよみがえり嫌な予感がしたが、振り返った。その刹那コーヒーを吹き出した。
(ええっ! また親戚がきやがった。亜沙美は何がしたいんだ?)

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