小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

「またコーヒーをこぼして。子どもじゃないのだからいいかげんにしなさい」
(どうすればいい? 望みは何だ? また疑って帰られたら面倒だし。このイタズラに付き合うしかないのか……)
「ごめん。コーヒーこぼして」
「安心したわ。また変なこと言うのではないかと内心ひやひやしていたのだから」
(よくいうよ、親戚のくせに。とりあえず今日は付き合ってやるよ)
 俺は亜沙美とデートするために立てたプランを、親戚と思われる人とこなした。
 恋愛映画をみて、隠れ家レストランでランチをして、公園でバドミントンをして、手をつないで遊歩道を歩いた。最後のしめは焼肉を食べた。
 俺は一日中考えていた。実質今日が初デートになるが、待ち合わせをしてデートを試みるのは二回目だ。その二回とも親戚がきたのだから三回目もくるかもしれないと。
 本音を言えば別に楽しくなかったわけではない。笑いながらバドミントンを打ち合い、手をつないだときはドキドキもした。
 けど……そういう問題じゃない。
 俺の隣にいた女性は亜沙美ではない。この根本の問題を解決しなければ先に進まない。どこかにイタズラ攻略のカギがあるはずだ。
 次回以降も現れる可能性を考えて、亜沙美の親戚と思われる人に便宜上あだ名をつけた。
 亜沙美の親戚のオバサンから連想して、『オバ美』と。心の中でしか呼ばないが。
 この日、オバ美と次のデートの約束をして別れた。もちろんオバ美とデートをするつもりはない。デート日を訊かれたとき、ふと思った。
 待ち合わせ場所をカフェではなく亜沙美の家にしたら、本人が出てくる可能性が高いだろうと。

 一週間後。亜沙美の家のインターホンを鳴らした俺は、祈りを捧げるように手を合わせて念じた。頼む! 亜沙美。こい、こい、きてくれ、と。
「あら、お祈りなんかしてどうしたの?」
 顔をあげた俺は、目の前の亜沙美を見て、「うおー!」と思わず咆哮した。
 三度目の正直でやっと亜沙美とデートをすることができた。
 デートプランは前回と全く同じものにした。あのデートプランは、そもそも亜沙美のために作ったものだからだ。亜沙美は心の底から楽しんでいたように見受けられ、一日中笑顔をこぼしていた。
 俺も楽しくて幸せを感じていたが、デート中の亜沙美の言動で少し気になることがあった。
「前回と同じデートというのもオツなものでいいわね」と平然と亜沙美が言ったとき、イタズラを継続するつもりだろうかと不安になった。初めて行くはずの焼肉屋の場所を知っていたこともオバ美との情報交換の場面が頭に浮かび怖くなった。
 俺はこのイタズラの理由を推測した。

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