小説

『20年前の君に』霧赤忍【「20」にまつわる物語】

「二人で旅行でもしてみてはどうかしら?」
「どこに?」
「二泊くらい温泉でのんびりするのがいいと思うのだけど」
(二泊か……亜沙美となら行きたいが、もし、オバ美がきたら……)
「どうかしら? 私は晴一と行きたいのだけど」
(いや大丈夫だろ。自分で行きたいと言って親戚を行かせるとは考え難い)
「よし。行こう温泉!」
 亜沙美と旅行の打ち合わせをして、二泊三日で温泉旅館の予約をとった。

 そして旅行当日を迎えた。
 雲一つない空を見上げ伸びをした俺は、待ち合わせ場所のバス停で、旅館の七種類ある温泉にどれから入ろうか計画を練っていた。
 ――ピーピーピー。
 ポケベルが鳴り胸ポケットから取り出すと、
≪オクレルサキイテテアトカライクアサミ≫
 亜沙美からの連絡が入った。仕方なく一人でバスに乗り温泉旅館に行った。亜沙美におすすめ風呂を紹介するため、すべての風呂に五分ずつ浸かりメモ帳にポイントを書きながら到着を待った。
「ホントごめんなさい。遅れてしまって」
 部屋のドアが開き、申し訳なさそうにペコリと頭を下げる……。
 オバ美がいた……。
 心臓が波打つのを感じた俺は、無意識にメモ書きを握りつぶした。
「いいかげんにしてくれ!」
「ごめんなさい。階段でネンザしてしまって病院に……」
「そこじゃないだろ! もういい、帰る」
 俺は激しく言葉を発し、自分の荷物を持って旅館を飛び出した。この時、俺の心はぐちゃぐちゃだったが、抱いていたのは怒りではなく、戸惑いだった。それだけはわかっていた。

 二週間が過ぎた。
 亜沙美からは毎日ポケベルに連絡が入っていた。
≪ゴメンナサイハンセイシテイマスアサミ≫
≪デンワニデテクダサイオネガイシマスアサミ≫
≪ダイスキデスアサミ≫
≪テガミヲダシマシタヨンデクダサイアサミ≫
 亜沙美はポケベルを持っていないから慣れていないのだろう。空白や記号のない文章だから読みづらくて仕方ない。家に電話もかかってきたが居留守をつかった。

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