隣に座った女性は亜沙美に似ているが別人だった。
「晴一君、怒っているの?」
名前を呼ばれて動揺した俺は口に含んでいたコーヒーを吹き出した。
「ちょっと何をしているの。子どもじゃないのだから」
女性はバッグからハンカチを取り出すと俺が吐いたコーヒーを拭き始めた。
(母親? 親戚? まさか亜沙美? そんなバカな……だって中年女性じゃないか)
隣の女性は亜沙美に似ているが明らかに違った。皺やシミはないが、肌にハリやツヤがなく目尻が少し下がっているように見えた。
母親と共同して俺を驚かせるためのイタズラだと思った。
「あの、亜沙美さんとお付き合いしている佐藤晴一です。こ、こんにちは」
俺は後頭部をさすりながら挨拶をした。
「晴一君は誰に話しているの? 私に言っているのなら笑えない冗談だけど」
「おかあさんですよね?」
「母に会いたいの? 母は家にいるけど」
(亜沙美の母親しつこいな。まだ続けるつもりか)
「そろそろネタばらしを……」
「ちょっとあなた、いいかげんにしないと本当に怒るわよ」
(勘弁してくれよ。怒りたいのはこっちだ。ただ亜沙美の母親に怒るわけにもいかないし)
「もういいわよ。今日は帰らせてもらうわ」
女性は眉根を寄せながら話し終えると足早に去っていった。
俺はその後姿を呆然と眺めていた。
数日後。カフェの件が釈然としないことに不満を募らせた俺は、話をするために亜沙美の自宅に向かった。
亜沙美の自宅はオフホワイトを基調とした二階建ての洋風の外観だった。
インターホンを押すと、「はあーい」とハスキーボイスの人が応答した。
名前を名乗り玄関前で待っていると、小太りのパンチパーマの中年女性が現れた。亜沙美とは似ても似つかないこの女性は誰だろうか。表札は確認していたが家を間違えた気がした。
「あの、えっと、佐藤……晴一ですけど、も」
「亜沙美のお友達?」
「はあ、あの……」
あなたは誰ですか? と訊きたかったが、訪ねた家から出てきた人に訊くのは失礼すぎると思い言葉を飲み込んだ。
「亜沙美―! お友達がきたわよー」