「なに、飲む?」笑顔の陽菜に「ビールで」と答える。
「珍しいわね、土曜日に来るなんて」風音が訊いてきた。
「ええ、まあ…。昨日、久しぶりに同郷の友達と会ってたんで」ビールを一気にあおる。風音がその様子をじっと見つめている。
「同郷の友達かあ、いいなあ」二杯目のビールを男の前に置いて、ね?と陽菜が微笑む。「はは…」男は曖昧に笑った。心の中のもやもやしたものは澱のように溜まったままだ。いや、むしろどんどん膨れ上がり、今にも溢れだしそうだ。男は自然と口を開いていた。
「そいつ、小学校から高校まで同級で。学生時代はそんなに付き合いなかったんだけど、でもいい奴で。なんか、役者目指してて、地元からこっちに出て来てるからって、同窓会で連絡先交換してたんだけど。そしたら飲もうって連絡してきて…」
「楽しかった?」とにこにこしている陽菜に、
「なんか、そいつの劇団仲間が交通事故起こしちゃったらしくって」そう言うと、陽菜は息をひそめ、みるみる心配そうに顔が曇ってしまった。
「あ、入院してるけど、命には別状ないって」男は慌てて言う。
「そう、よかったね」陽菜がふぅと息を吐き、ほっとした顔をする。
「うん…。ただ、そいつも事故に遭った仲間も貧乏劇団の俳優だから、入院費が足りなくて困ってるらしくって。その…、お金貸してくれないかって」
「どうするの?」風音が訊いた。
「いや、じつはそいつ、近くに住んでるから取りに来るって言うから、ここ来る前に駅で待ち合わせして渡したんだ」
「わあ!さすが新人クン!いいことしたね」感激したように陽菜が胸の前で両手を握る。
「…そうかな」
「そうだよ!困ってるお友達を助けたんだもん。その人もとっても喜んでると思うよ」
「はは、そうだよね…」男はグラスをまたぐいと空ける。
「お友達は大事にしないとね。これから陽菜もお友達と約束なの」そう言うと、じゃあ新人クンゆっくりしていってね、と陽菜は出て行ってしまった。店の中には風音と男の二人きりになった。しばらく二人とも黙ったままだった。
「いくら貸したか、訊いてもいい?」風音が男の前に水の入ったグラスを置く。
「十万。最初、二十万って言われたんだけど、俺、そんなに持ってないし、十万が限度って言ったら、じゃあそれでいいやって」ゴクゴクと水を飲み干し、空になったグラスを置く。『コン』と思ったより大きい音が店内に響いた。
「それでいいやって…。その人近くに住んでるって、住所知ってるの?」
「いや、でも二つ先の駅が最寄り駅だって言ってた」男の語尾が小さくなる。二人は沈黙した。
「大丈夫なの?その人。いくら同級生だって言ったって…」