小説

『神様、どうか』守村知紘(『駈込み訴え』)

 天に召されたあの人が、私に死ねとおっしゃっている。死んで詫びて地獄へ落ちろと、天の国から私を呪う。

 ああ、おかしい。あまりのおかしさに腹がよじれる。涙が出る。

 誰より忠実な弟子として誠心誠意仕えていた時には、何もくれなかった貴方が、今こうして一本の縄と一個の踏み台をくださったことが、奇妙にも私がそれをおあつらえ向きだ、ありがたいと感じていることが、本当におかしくて、涙が止まらない。

 私は月の無い暗夜を仰ぎながら、いいでしょう、死にましょうと、あの人に語り掛けた。貴方が初めてくださったこの贈り物で、私は地獄に落ちましょう。

 しかし縄に手をかけた時、

 何処からともなくピィピィと、またあの甲高い小鳥の声が聞こえた。森の中では遂に見つけられなかったあの鳥は、どうしたことか、まるで私の手を縄から放させようとするように、狂ったように体をぶつけて来る。私がいくら小鳥を追い払おうと、乱暴に腕を振り回しても、何故か執拗に向かって来て決して離れない。

 なんだ、この鳥は。薄気味悪い。邪魔をするな。

 私はその嫌な鳥をなんとか捕まえて、両手の中に閉じ込めた。私の手の中で、何故か小鳥は案外大人しくしている。動物らしからぬ憂いを秘めた目で、ジッと私を見上げている。私もつられて手の中の鳥をジッと見つめた。野鳥とは思えない、小さな純白の体。私はそれに見覚えがあった。

 私は他の弟子と違い、動物を可愛がったりはしなかった。人間すら滅多に気に掛けない私が、それ以下の畜生に愛着を持つわけがない。

 しかしあの人は、私以外のどんな人間をも平等に愛するように、取るに足らない動物にも優しかった。目の前に怪我をした動物が居れば、それがどんなにちっぽけなものでも見捨てず、治療してやっていた。

 完全になんの得にもならない、その無意味な施しを、私は何故かとても美しいと感じて、あの人に近づきたい一心で模倣した。ある日、森の中で怪我をした小鳥を拾って、介抱してやった。小鳥はすっかり衰弱していて、回復するまでひと月もかかった。

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