小説

『隼人とヒトリ』林凛

隼人の話を聞いて、ヒトリも自分の今までの人生を大学生活を振り返ってみた。自分の人生はあまりにも恵まれすぎていた。そして怠惰だった。半分眠りながら講義を受け、酒を飲み、バイトに明け暮れる毎日。就職してからの人生も予想できるような気がした。それなりの会社で、それなりの仕事をし、疲れて帰りまた出勤する。きっとそんな毎日が待っている。
「確かにな。お前の言うとおりだ。このままだと俺たちの大学生活は平凡なまま終わる。そんでこれからの人生もきっと平凡なままだ。だからって今から何ができる。何しようと思ってる?」
「別にすげぇことやろうとか、大学辞めちまおうとか思ってない。社員さんの話聞いてちょっと考えただけだ。」
「何だよそれ。」
「言っただろ。就職したくない、学生辞めたくないっていっても結局は就職する。でも決めた。就職する会社はあくまで踏み台。俺はこの先の人生、俺の力でなんとかする。
ほら、やっぱ社会って人脈じゃん。だから最初は手堅く下積みして、そのうち自分で起業とかしたい。」
「いやいや、お前甘いよ。そんな考えのお前を採ってくれる会社なんかあるかよ。」
「分かってるよそんなこと。だからお前にしか言わねーよ。野望だよ、野望。心の中でこっそり抱いとくんだよ。」
「その社員さんにどれだけ影響されたのか知らねーけど、お前それじゃ来年痛い目見るぞ。どこからも内定もらえなくて泣きついたって俺は知らないからな。」
隼人が言ってることはわかった。でも納得はできなかった。バカな夢物語だと思った。なんだかんだで皆、人とは違う生き方をしたいと思っている。思いながら結局人と同じように生きてる。それが社会だと思う。とりあえず就職して数年で辞めて起業するなんて、考えが甘すぎる。
「だから言ってんじゃん、おとなしく就職して、とりあえず人脈を広げるんだよ。」
「それが甘いんだよ!いいか、就職難のこの時代にもともと辞める気満々のやつをどこが雇ってくれるんだよ。お前の代わりなんかいくらでもいる。お前の考えは甘すぎるんだよ!」
すると隼人は急に立ち上がった。
「もういい。お前ならわかってくれると思ってたのに。
帰るわ。じゃあな。」
そう言い残してドタドタと隼人は部屋を出て行ってしまった。
「は?俺が悪いのかよ。」
俺も夢みたいなことばかり話す隼人に苛立っていた。
20歳の夏のことだった。
それ以来、隼人がうちに来ることはなくなった。大学でも話さなくなった。

「あの頃の俺たちは若かったな。」

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