小説

『隼人とヒトリ』林凛

「ほんとに。恥ずかしいぐらい世間知らずでさ。」
「でも、楽しかった。もうあの頃には戻れねーな。」
戻れない。あの夏には。
「でもさ、こうして再会できたんだから一緒にまた飲もうぜ。会社帰りとかに。」
「そうだな。」
「隼人今どこ勤めてんの?」
隼人の動きが止まった。そして少し考えた後、ビール缶をあおり、意を決したように口を開いた。
「ヒトリ、俺さ……」

目を開けるといつもと変わらない部屋の中だった。大学時代より少し広くなったマンションの一室。時計を見ると午後5時を指していた。相当長い間眠っていたようだ。相変わらず汗だくだった。でも朝よりも体が楽になっていた。
思った通り、もう熱はなかった。スマホには仲のいい同僚や会社の先輩、後輩から数件の着信とメールがあった。何かまずいことでもあったのかと慌ててメールを開くとそのどれもが自分を心配してくれているメッセージだった。留守番電話も「見舞いに行くから欲しいものあったら言え」「大丈夫か」といった自分を心配するものばかりだった。どうやら自分は予想以上に人望が厚いらしい。ヒトリは皆の温かさにうれしくなった。
さっきの夢のことを思い出した。夢とわかる夢を見たのは初めてだった。隼人は元気にしているだろうか。20歳の夏以来、全く話もしていないからどこで何をしているのかわからない。しかし当時の電話番号がまだアドレス帳に残っていた。
入社して5年はとっくに過ぎた。プロジェクトリーダーという責任のある仕事も任され、人脈も広がった。今日のように疲れきって熱を出してしまったのは初めてだ。今朝電話で上司に言われて初めて自分が働きづめだったことを自覚した。それくらい今の仕事が楽しいし、満足している。
隼人は今どうしているだろうか。10年前から電話番号が変わっていない可能性は低い。でもかけずにはいられなかった。だめでもともと。出ればラッキー。そんな気持ちで電話をかけた。
「もしもし。」
相手はすぐに出た。
「もしもし、隼人?」
「……ヒトリ?」
「久しぶり。元気か?」
「ああ、急にかかってきたからびっくりした。」
「俺も出ると思ってなかったからびっくりしたよ。」
「……なあ。」
「ん?」
「飲みに行かね?あの時みたいに。」
隼人は電話越しに少し笑った。
「焼酎のうまい店があるんだ。」

1 2 3 4 5