小説

『隼人とヒトリ』林凛

あれは20歳の夏休みのことだった。興味のある会社のインターンシップに適当に応募し、何社か実際にインターンに参加させてもらった。そこで会社の実態、働くことについて目の当たりにし、就職が急に現実味を帯びてきたのだった。隼人も同じように夏休みにインターンに参加し、刺激を受けたようで、ある夜酒も持たずに訪ねてきた。
「お前インターンどうだった。」
「あー、勉強になったよ。会社ってこういう感じなんだって思った。わかってたけど学生とは全然違ってたな。」
「だよな。俺考えたんだけどさ、就職するのやめようかな。」
「は?なんで?大学院でも行く?」
「まあ半分冗談なんだけどさ、就職したくねーなー、学生辞めたくねーなーって思って。甘い考えっていうのはわかってる。こんなこと言っても来年はちゃんと就活してると思うし。でもインターン参加して、自分がいかに守られてきたか、自由に生きてこられたか気づいてさ。」
「いまいち隼人の考えが掴めないんだけど、どういうこと?」
「インターンは勉強になったよ。俺行ったの食品メーカーだったんだけどさ、どうやったら商品が売れるかとか、市場分析とか、大学で受けてたつまらない講義がちょっとは役に立つんだなって思った。かなり面白いなって思ったし。」
「よかったじゃん。」
「でさ、最終日の夜に打ち上げってことで社員さんとインターン生で飲みがあったんだけど、二次会抜け出して指導してくれた社員さんと二人で飲みに行ったんだよ。どうしても聞きたいことがあって。インターンでは自分の会社を就職先の候補に入れてほしいから基本的に会社の黒い部分は見せないだろ。でも俺はけっこうこの会社気に入ってて、本気で受けようと思い始めてたから、裏の部分も知りたかった。だからぶっちゃけ仕事についてどう思ってるのか聞いてみたんだ。入社5年目、有名国立大の経済学部出た人だった。」
意外だった。いつもバカみたいな会話しかしていない隼人がそんなに真剣に就職について考えていたなんて。ヒトリもインターンに参加した身としてはその内容に興味があった。
「酒が入ってたからかもしれない。その人は本音で話してくれた。仕事は楽しい。5年目になって責任のある仕事も任せてくれるようになった。金も貯まってきたし、そろそろ結婚しようと思ってるって。」
「なんか理想のサラリーマン人生だな。」
「でも毎日家に帰ると考えるんだって。自分はどうしてこの会社で働いているのか。自分の人生、このまま誰かに使われながら終わっていいのか。人生一度きり、いつ死ぬかもわからないのにだらだら生きていくのがもったいないと思うらしい。
それを聞いて、自分の人生を振り返ってみた。みんなと同じように受験して、それなりの大学入って、だらだらした生活してる自分。俺思ったんだ。人生一度きりなのにこのままじゃ俺は大学生活4年間を無駄にしてしまうってな。」

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