小説

『20歳のぬかどこ』平山美和

 夏帆は小さな声で呟くように言った。
「すみれだよ。あんたの親友のすみれ。違う人みたいってメイクとかのせいじゃん?」
 楽しそうに笑うすみれを見て、夏帆は愕然とした。その後も何人か知り合いに会ったが、みんな昔の面影はなく、メイクも髪の毛もキレイにセットしていて、まるで知らない人のようだった。

 成人式が行われる町民会館に着くと、小学校や中学校の同級生がいっぱいいた。隣にいるすみれが「一瞬誰かわからなかった。キレイになったねー。」と言われる一方、「夏帆は変わらないねー。安心するよ。」とまで言われてしまった。
(会う人会う人、みんなキレイにしてる。こんなことなら美容院行けばよかった。)
 田舎だと油断していた夏帆だったが、成人式が始まってから終わるまでの間、隣のすみれを見ては美容院に行かなかったことを後悔していたが、お世辞抜きでキレイになったすみれを見て、自分も変わりたいという思いが出てきた。
(わたしも変わりたい!すみれみたいになりたい!)
 そう思った夏帆は、帰り際思い切ってすみれに聞いてみた。
「ねぇ、すみれはいつからメイク始めたの?」
 すみれは少し驚いたような顔をしていたが、笑顔で答えてくれた。
「実はわたしもメイク始めたのって結構最近なんだ。成人式のために張り切って練習したの。夏帆もメイク始めてみたら?きっと楽しいよ。せっかく20歳になったんだし、これを機にメイクデビューしてみたらどうかな?」
「うん、いい機会かも!」

 すみれに勧められ、夏帆はメイクデビューをすることに決めた。
 早速近所の国道沿いにあるドラッグストアに行き、コツコツ貯めたバイト代で高いコスメを片っ端から買い漁った夏帆は、家に帰ると買ったコスメを取り出し、お姉ちゃんに貸してもらったファッション雑誌のメイクのページを見ながらいろいろ試してみた。
(メイクって違う自分になれたみたいで楽しいな!もっと早くメイクデビューすればよかったかも。)
 鏡の中に映る別人のような自分の姿を見て、夏帆は嬉しそうに笑った。

 メイクの楽しさを知った夏帆は、嬉々として毎日メイクをするようになった。
 とはいえ、めんどくさがりな性格は相変わらずで、化粧を落とした後に肌のお手入れをしないどころか、メイクを落とさずに眠ることもあった。
「あ、今日もメイク落とすの忘れてた。」
 とりあえずメイクを落として顔を洗おうと洗面所に行くと、朝のスキンケアをしているお姉ちゃんに会ってしまった。
「あんた、またメイク落とさずに寝たね?メイクするのはいいけど、ちゃんとお手入れもしなよ。今は良くても後で困るよ。」
 メイクを落とさずに寝た夏帆にいち早く気付いたお姉ちゃんが呆れたように言ってきた。

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