「雅子さんってば、ツアーのメインはこれからなのよ。あんまり飲み過ぎちゃダメ」
「はいはい、わかってますってば」
アルコールが風呂上りの渇いた体に染み渡る。雅子は玲子にたしなめられながら、用意されていた懐石料理に舌鼓を打った。もうすぐジュンに逢える。しかも、かなりの至近距離で。想像しただけで酔いが一気にまわりそうだ。
雅子は頭の中で、スクラップしていたジュンの写真を思い出した。サッカーボールを持って微笑むジュン。夕暮れの海をバックにアンニュイな表情を見せるジュン。バイクに跨り遠くを見つめるジュン。
特に真っ白なシーツの上で寝そべるジュンの写真は一番のお気に入りで、生徒手帳の中に大切に忍ばせて一日に何度も眺めていたほどだった。
玲子と雅子はビールを煽りながら「自分がいかにジュンを愛していたか」を語り合った。そして早めに食事を終えて念入りに化粧を施し、髪型を整えて、ショーが開催される大宴会場へと移動した。まるで初めてのデートのときのように心臓が早鐘を打っていた。
幕が開くと、激しいドラムロールと七色のスポットライトを浴びて一人の中年男性が舞台に現れた。それと同時に、甲高い嬌声が宴会場を埋め尽くす。つられて雅子も思わず絶叫した。
「ジューーーーーン!!!!」
今、目の前にジュンがいる。
前髪が大きく後退していても、表情筋が重力に負けて垂れ下がっていても、ドーランが仮面のように厚塗りでも、お腹が出ていても、髪の毛に白いものが混ざっていても、マイクを持つ手が妙に筋張っていても、ジュンは眩しいくらい輝いている。やっぱりジュンは永遠のアイドルかつ王子様だ。
「こんにちは、ジュンです。みんな、逢いにきてくれて本当にありがとう! 今日は楽しんで行って下さいね!」
「はーーーーい!」
「ステキーーー!」
「ジューン! 頑張ってェーーー!」
ホテルの浴衣からお洒落な私服に着替えた観客たちが、思い思いの言葉を叫ぶ。ジュンもその歓声のひとつひとつに手を振ったり、頷いたり、相槌を打ったりして応えている。手を伸ばせば本当に届いてしまうくらい、観客とジュンの距離が近い。雅子は嬉しさと感動で胸が熱くなった。
「それでは聴いて下さい。『君と☆サマータイム』です。いぇーい!」
ジュンが往年のヒット曲を唄い出すと、ホールは更なる興奮に包まれた。
真夜中にジュンのラジオを聴きながら勉強をしていて、自分の書いたハガキが読まれたことがある。嬉しくて、まさに天にも昇る気持ちだった。そのときリクエストしたのが、この曲だった。